『魏志倭人伝』『古事記』『常陸国風土記』――独自の解釈が、新たな神話の世界を拓く。
著者自身が神話に語られる舞台を訪ね歩き、古代日本の真の姿を浮き彫りにする。令和年号の出典元でもある『万葉集』からの解釈や偽書の書評、研究中の思い出などを紹介します。
学校法人香川学園(東京都豊島区。理事長 香川順子)、メロス言語学院顧問、豊島区国際アート・カルチャー特命大使/SDGs特命大使である香川正氏が神話に語られる舞台を訪ね歩き、古代日本の真の姿を浮き彫りにする――。本連載では、書籍『―旅でたどる―神話の原風景 文庫版』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、令和年号の出典元でもある『万葉集』からの解釈や偽書の書評、研究中の思い出などを解説していきます。
「アメツツチドリマシトト」は語義不詳。「ナドサケルトメ」は「など黥ける利目」で、「どうして目に黥をしているのですか」と解釈されている。大和側の住人である伊須気余理比売にとって、大久米ノ命が眼の裂け目に入れ墨をしているのが不思議に思え、問い質しているのである。
ということは、そのままに解釈すれば大和側には当時目の周りに、入れ墨をする風習がなかったことになる。『魏志倭人伝』には倭人の習俗として「入れ墨」に関する記述がある。
その東夷伝序文に「異面之人有り、日の出づる処に近し」と記し、倭人伝の中でさらに詳細な形で次のように述べている。
男子は大小となく、皆黥面文身(=顔と体に入れ墨をすること)す。古より以来、其の使の中国に詣るや、皆自ら大夫と称す。夏后少康の子、会稽に封ぜられ、断髪文身して、以て蛟竜の害を避く。今、倭の水人、好んで沈没して魚蛤を捕え、文身して亦た以て大魚・水禽を厭わしむるに、後稍稍以て飾りと為す。諸国の文身、各々異なり、或いは左にし或いは右にし、或いは大にし或いは小にして、尊卑に差あり。
まさしく神武記の一文に対応した記事と言えよう。『古事記』の言い伝えが事実とすれば、その記述の如く、神武勢力は九州からの侵略者であり、『魏志倭人伝』が語る黥面文身の習俗は九州地方の描写であるとは言えまいか。
いずれにしても、政治的・軍事的に見て異質な文化圏の勢力が大和側に侵入してきたことは否めない。そんな疑問を抱きながら、神話伝承の地・宮崎に向かった。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『 ―旅でたどる―神話の原風景 文庫版』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。