先日、テレビのニュースを見ていたとき、政府のコロナウイルスに関わる景気対策の一つとして「収入減となった学生への支援」というのを若いアナウンサーが淡々と報じていたが、私は「収入減となった学生」という言葉に大きな違和感を持った。この言葉は、大学生に収入がある、つまりアルバイトで生活費を稼ぐというのを前提にしたものであり、こうした言葉をアナウンサーが表情も変えずにニュースで使われること自体がショックだった。そしてこの支援策は、アルバイト先がなくなったことで学費が払えないため、退学を検討している学生が多い状況を受けてのことだった。

一方、私が大学に入ってすぐにある必修科目の授業で先生から言われたのは、次のような言葉だった。

「最近はサークル活動とアルバイトに熱を入れ過ぎて、単位が取れず留年する学生が毎年各クラス必ずいる。学生の本分は勉強なのだから、サークル活動とアルバイトはほどほどにしておきなさい」

この授業の後、友人とこの先生の発言が話題になったが、それは単位を落とすことの恐怖感についてだった。つまり、当時はアルバイトとは遊ぶための小遣い稼ぎというように、先生も学生も認識していた。いまこうした発言を大学の先生がしたら、おそらく学生自身やそれを聞いた保護者から苦情が殺到するのではないだろうか。

このように、いまや学生のアルバイトはかつての小遣い稼ぎのためといった甘い話などではなく、学費や生活費の補填のためという切羽詰った性質のものであり、平成の30年の間で悪い意味で日本がまるで別の国のようになってしまったことを痛感している。そして、こういう辛い思いを若い人にさせていることについて、平成の30年を生きてきた者として申し訳ないという思いを持たずにはいられない。

もう一つ、若者をめぐる変化を実感したエピソードを示したい。

昨年(令和2年〈2020〉)のある日、『東京ラブストーリー』が放送されるということを耳にした。一瞬、平成3年(1991)に放送され、時代の空気をうまくとらえた内容で大ヒットしたテレビドラマ(主演:織田裕二氏、鈴木保奈美氏)の再放送かと懐かしく感じた。

だが、よく聞くとそうではなかった。現代版の新しい番組をフジテレビ動画配信サービス「FOD」と「アマゾン・プライム・ビデオ」で放送するという。ネット配信とは、時代の流れだなと思った。

ネットで検索してみた。そして、トップ画面の写真に思わず息をのんだ。

そこでは、伊藤健太郎氏など四人の若者がビルの屋上で、東京タワーをバックに並んでいた。私がショックを受けたのはその背景色だ。薄暮なのか、とにかく灰色だった。

30年前、この場合に灰色という選択肢は想定できなかったと、当時の空気を体感している者として自信を持って言える。当時のラブストーリーはよく言えば明るく屈託がなく、悪く言えば無邪気だったから、明るい雰囲気という選択肢しかあり得なかった。

なお、現代版『東京ラブストーリー』を実際に見たが、大変素晴らしい出来栄えであったことは、誤解を招いてはいけないので付け加えておきたい。

そして、新旧比較のため、30年前に人気を博したラブストーリーのテレビドラマも確認してみた。いまや大御所となった明石家さんま氏など七人の若者を描いた『男女七人恋物語』(昭和61年〈1986〉)、またいまの若い人には『古畑任三郎』シリーズのほうがなじみ深いと思うが、田村正和氏主演の『ニューヨーク恋物語』(昭和63年〈1988〉)。そして、いまや大人の俳優として大活躍の高橋一生氏が、当時は子役で出ていた『ニューヨーク恋物語Ⅱ』(平成2年〈1990〉)。やはり、どの『ラブストーリー』もオープニングの映像は朝か昼間で雰囲気は明るい。

たかがテレビ番組ではないか、と言われるかもしれない。だが、テレビ番組はできるだけ多くの視聴者に見てもらうような番組を作る。だから、テレビ番組はまさに時代の雰囲気を表す「かがみ」だ。

こうして、新旧のラブストーリーを比べると、平成の30年を経て日本の社会の雰囲気が暗く、またそれがごく自然のものになってしまったことを実感した。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『日本が没落した3つの理由――そして復活への道』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。