血便で受診された寝たきりの高齢患者さんを精査したところ、進行大腸がんからの出血であることがわかりました。年齢・全身状態から考えると、手術などの治療適応はなく、余命は数か月と思われました。

この患者さんは以前脳梗塞を起こしたことがあり、脳梗塞の再発予防のために血液をサラサラにする抗血栓薬を内服中であったため、その薬を投与しているかかりつけの先生に大腸がんの状況報告をして抗血栓薬の中止をお願いすると、「抗血栓薬を中止して、脳梗塞になったら誰が責任とるんだ!」と言って中止してくれなかったことがありました。

この状態で脳梗塞を予防することに、どれほどの意味があるのでしょうか? 進行大腸がんがあって、抗血栓薬を飲んでいるのですから、この患者さんは最期まで血便が出続け、高度貧血のため亡くなりました。

たしかに専門性は大事ですが、専門の臓器のことばかり考えて患者さんの年齢や全身状態を考慮しないのはいかがなものかと思います。私は研修医に、よくこう言います。

「〇科医である前に、医師であることを忘れるなよ」と。これは私自身も肝きもに銘じなければいけないフレーズだと思います。欧米諸国ではこのような細分化した医療への反省から、数十年前から患者さんのありふれた健康問題に幅広く対応できる専門分野「家庭医療 Family Medicine」、あるいは「総合診療 General Practice」が登場し、その分野でトレーニングを受けた医師たちが、地域医療の担い手として活躍するようになりました。

日本でも他の先進諸国に遅れながらも「総合診療科」という新しい科が大学病院を中心に誕生し、「年齢・性別・臓器を区別せず、心と体の両側面から患者さんの健康をとらえ、患者さんのありふれた病気に対応できる」専門医を養成しようという動きが出てきています。

年齢を重ねて、いろいろな病気を合併してくる状況になると、科を超えて自分のことを把握してくれる「いい家庭医」を見つけることは、今後やぶ患者にならずに、いい医療を受けることができる重要な要素になってくるかもしれません。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『やぶ患者になるな!』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。