靴屋の出店

ヨンスは、ジェインやミンがこの国の現状をどのように見ているのかをただしたり、外国はどのように考えているかを説明したりした。そしてこの病巣を取り除く手段と、ヨンスの使命を打ち明けた。

想像を超えた密命におののきながらも、二人はしっかりと受け止めて、逃げようとはしなかった。靴の製造は手抜かりなく進め、合間に洞窟から用意したものを少しずつ、作業場に移動する。

長男は、大人たちが何かを共有したときのぴりぴりした空気の変化を感じて、顔色をうかがう。ともあれ、子供たちの手伝いに、大人たちは深く感謝してくれている。今はそれだけでよいのだと思う。出店先が決まり、市場のボスに話すと、喜びながら

「何か力になることはないか」と小声で聞いてきたが、ありがたくお断りした。背後に視線を感じて振り返ると、いつもボスの温かい笑顔に励まされる。

店は外国の有名ブランドを扱う商店街の一角にあり、住居もその3階を与えられた。荷物の持ち込みを不審に思われないように、開店準備を派手にしたり、簡単な革製品を挨拶代わりに配布したりした。

もうすぐ建国記念日が来る。そして20日後に最大の行事、この国の指導者の誕生日だ。数万人の国民が動員され、指導者のバッジを胸に、手には忠誠の誓いを記した教典を掲げて、万歳を三唱する。大声の度合いが、忠誠の証である。

広場に参加する国民は選抜された人のみで、それ以外の国民にはテレビで全国放送される。まさにまつり一色に塗り上げられる。ヨンスが一人で任務を完遂した後、変装して民衆に紛れ込むシナリオであったが、事情が一変して、大人三人子供三人の逃避行になる。目的達成と家族の保身が求められている。熟慮の上ヨンスは、一計を案じた。

建国記念日前に広場周囲のビル群が完成して、ヨンスの靴屋も盛大に開店披露した。洗練したデザインの靴は羨望の的で、有名ブランドの仲間入りをしている。ジェインはこの間に習得した専門知識を駆使して、接客にあたっている。ヨンスとミンは3階で靴の製造に精を出した。

そして、建国記念日の軍事パレード後の軍人や民衆が一斉にあげた万歳の声を、ぬかりなく録音したのである。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『細孔の先 ―文庫版―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。