「ふつうに一回目ですよ。ここまでは、順調に来てます」

自分の立ち位置を見つめ直した永松が自尊心を労わりながら答えた時、からん、と来客を知らせる音がした。いらっしゃいませ、という未代の声で審議は中断し、永松はほっとした顔で水を出す準備にとりかかった。

「今日は遅くなってごめんね」

厨房の洗浄用流しに溜まった食器を洗いながら、未代は申し訳なさそうに話しかけた。永松は洗い終わった食器を水切り棚に並べながら、

「ほんとに忙しかったですね」と答えた。

永松がマートルで働き始めてから二週間が過ぎていた。この二週間、正確に言えば四日目の仕事が、そろそろ終わりかけている。今日は午後の客足が途切れなかったため、なかなか洗い物に手を回せなかったのだ。快く時間延長を引き受けてくれる学生アルバイトの横顔を、未代は申し訳なく思いながら見ていた。

「あのカウンターにいる人たちって、どういう人なんですか?」

永松は面積の広い木村の顔を思い浮かべ、手を休めずに訊いた。原田と谷山の顔も、すかさず蘇ってくる。木村は俺のことをおめえと呼ぶし、原田はおい、谷山は兄ちゃん、と各自呼び方まで決まっている。この変なおっさんたちは、いくつもの謎に溢れた存在だった。

「父の友達なのよ。あたし、父が急に亡くなってさ。父子家庭の一人娘なの。大学やめてこの店継いだのはいいけど、近くに親戚もいないし、ひとりでもうどうしようって頭かかえてたのよ。そんな時に、いろんな人が助けてくれてね。特にあの人たち。常連客として売り上げに協力するだけじゃなくて、店の手伝いから経理の基本を教えてくれたり、人生相談まで親身になってくれたわ。ほんとに助かったの。今この店があるのも、大袈裟だけど今あたしが生きているのも、あの人たちのおかげなのよ」

「……けっこう、いい人たちなんだ」

「口は悪いけどね」

未代はいたずらっぽく笑った。

「よっぽど、お父さんと仲が良かったんですね」

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『小節は6月から始まる』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。