流した涙も奈美がそっと差し出したハンカチで拭ったのだった。愚痴はその人が満たされていないという不幸な状況に置かれていることを示すもので、愚痴を聞いた者が同情を示すか諭す言葉を口にするかはその人の力量にも拠るが、大抵、愚痴は自己中心的な物の見方に由来し、たとえ涙ながらに語ったとしても同情を引き出すことは希である。

しかし、語れば聞く者の同情を得られなくても気が晴れる。胸に蟠っていた愚痴を吐いたせいか良子も話し終わると気でも晴れたかのように眉間に寄せていた皺がいくらか緩んでいた。美紀と奈美は、寄付の礼を丁寧に言って停めてあった車に戻った。

「貴方、人の話に相槌を打つのが上手いわね。今日は貴方がいてくれて助かった。機嫌が悪いといつもはもっときつい表情をして話すのよ。でも今日は違った。女将さん、愚痴を言いながら癒されたような表情をしていたもの。貴方、若いのにほんと聞き上手やわ。感心しちゃった」

帰りの車の中で美紀はそう言ったが、以前に何か聞き手に回るような仕事でもしていたのかとの問いは喉元でぐっと抑えた。奈美はまだ時折夜中にうなされる声を上げることがあるからだ。

美紀はそう言いながら二人の関係にもう一歩踏み込めないもどかしさと奈美の心の傷の深さに憐れさのようなものを感じた。奈美は恥ずかしそうに黙っていた。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。
※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浜椿の咲く町』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。