「まあまあ希美さん。そんな怖い顔せんと。子どもがじっとしてるのって、お年寄りに全速力で走れって言ってるようなもんなんやから」

和枝の目は子どもを見ているというより、見守っているようだった。

「それはそうだとしても、なんでここなの。ここ以外に、あてはないの? 他の知ってる人を頼った方がいいんじゃない」

「そんな人いないし。ここしか行くとこがないんです。こんな小さい子を連れて、ネットカフェってわけにもいかないし。お祖母ちゃんから、あそこに行けば助けて貰えるって聞いて来たんです。お願いですから、追い返すなんてせんといて下さい」

レナは顔の前で両手を合わせてから、一口でお茶を飲み干した。

希美さんと和枝、そして私は揃って顔を見合わせた。

「追い返すだなんて、そんな人を鬼みたいに。でも、ほんとにハルさんの孫かどうなのか。何か証明するものがなかったら信用できないじゃないの」

希美さんは、ばたばたと走り回る子どもにどうしたものかという目を向ける。

これ。

レナが、祖母であるハルさんと生まれたばかりの赤ん坊とレナ本人が映った写真をバッから出して、私に渡した。

似ていると言われれば似ているが、これが確固たる証拠になるのかどうか。

「何か分からへんけど、福祉の人から持って行きって言うて渡されたんですけど」

見ると、確かにハルさんと暮らしていたという住民票だった。レナの母親と父親も、遙太の父親もどこにいるのか、名前の記載がない。

日付を見ると、ハルさんの家にレナが住所を移したのは最近のようだ。ここに来るために慌てて住所を変えたのだろうか。

よくよく見るとハルさんとレナの名字が違っていた。希美さんも和枝も気づいていないようなので、ここでは言わない方がいいだろう。どうする。どうしよう。

希美さんが手にした住民票を三人で覗き込みながら、どうしようを繰り返す。

「今日のところは、しょうがないんやない。子どももいてるんやし、まあ部屋もあるし」

穏便な和枝が、真っ当な答えを出す。私とて納得したわけではないがこんな小さな子を連れた、まだ十代にさえ見える若い母親を放り出せない。

せやね。和枝と私は合意したが、希美さんは顔を顰めている。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『月のいろ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。