しかしながら記憶違いは著しく、それらの電話は先方をさぞかし困らせたことでしょう。レイさんに「ご主人、優しくて素敵な方ですね」と問えばキリッとした表情で、背筋を伸ばし「先生、何をおっしゃいます。宅の主人はすっかり禿げてしまって、こんなにヨボヨボになっちまいました。たいそうなもんじゃありません」とご丁寧に返されてしまったことを思い出します。夫婦でのご入居がお互いの刺激になるのは良いことばかりとも限りません。

レイさんが入居してから3ヶ月ごろ、孝介さんが自室でレイさんと口論になり、叩いてしまいました。どうやらレイさんが、自宅へ帰りたがる孝介さんを諌めたことに腹を立てたのが、直接の原因だったようです。お二人の口論が連日のようにあったのがこの頃です。入居前の数年間、認知症のレイさんが起こした数々の金銭トラブルを、孝介さんが思い出したことが原因でした。それを詰問されたレイさんが、言い返すという喧嘩だったのです。

夫婦喧嘩が起きれば、介護士さんらが間に入り、小一時間も引き離せば仲の良い夫婦に戻ります。夫婦で時に罵り合いながらも、楽しく張りのある生活を取り戻されました。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『安らぎのある終の住処づくりをめざして』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。