調査を開始して間もなくすると、住民の診察に当たっていた医師が首を傾げながら話しかけてきたそうです。その医師の説明によると、現地で八〇歳といわれている人は、どう見ても肉体年齢というか、健康状態は三七、八歳にしか見えない。見た目も若々しい。また、一〇〇歳を超しているという人物は、せいぜいその半分の五〇歳前後だろう、という。

さらに詳しく聞いていくと、はっきりとした理由は分からないが、その地域では「一年に二つ歳をとる風習が残されている」ということが判明して、この取材は公表を見ずに中断してしまったそうです。せめて番外編として、その風習の一端でも紹介されていたら、と私は非常に残念でなりませんでした。

旅行の帰途、T先生は「家に残っている取材記録を探してみるよ。ただ退職に当たって結構整理をしたものだから、残っているといいのだが。何か分かったら連絡しましょう」とおっしゃって、成田で別れました。二その後しばらくして、T先生から連絡をいただきました。その報告では、資料はやはり見つからなかったそうです。

また、あちこち当たって見たが、当時の関係者もすでに亡くなっていたりして連絡が取れないというお話でした。これで、この話も「おしまいか」と諦めかけていたところ、新しい展開がありました。

在学中のインドネシアの学生から情報が寄せられたのです。それが通称キキことKiki Mulyadi君で、なんと彼の祖父はバドイ族と同じスンダ語系の民族で、しかも公務員の仕事で七年間その地域に派遣されていたそうです。

また、一度だけ彼らに会ったことがあるという話でした。インドネシアは総面積一九〇万平方キロ余で、大小一万数千もの島々から成り立っています。

人口は約二億四〇〇〇万人(二〇〇四年調べ)で、ジャワ民族が一番多いものの全体では数百を超えるさまざまな民族から構成されている、多島・多民族の共和国です。中でも特徴的なのが少数民族の象徴であるバドイ族で、「禁じられた土地」に住む人々として知られています。

先年、時の大統領スハルトが彼らの子供たちに教育を受けさせようと試みたときに、住民の代表は使者を立て、この申し出を断ったといわれています。

そういう状況にあるため、Kiki Mulyadi君のレポートにあるように、「戸籍」自体が作られていないようです。その一方で、何を根拠としているのか、今でも平均寿命は普通のインドネシア人よりも長く、ほとんどの部族民は七〇歳を超えていて、一〇〇歳を超えている人も珍しくないといわれています。