東京から移動がはじまる物理的壁に阻まれた地方の発展

[図表]は、東京都市圏(アーバンアグロメレーション)の人口推移です。東京圏の人口は1950年には1千万人でした。戦後焼野原になったにもかかわらず、東京圏は世界有数の人口を誇っていました。

戦後の高度成長をきっかけに地方の若年労働者が、東京圏に吸い付けられるように移動しました。戦後は、地方の町が発展するためには、交通網を整えることが不可欠でした。

幹線道路が近くを通れば、町は発展し、土地は値上がりしました。それとともに旧街道沿いの商店街は衰退していきました。経済の発展は交通網と密接に関係していました。

田中角栄元首相は、当時日本列島の日本海側の貧困は、交通網にあると考え、日本列島改造論をスローガンに、全国の交通網を整備し、日本の均質な発展を可能にしました。

現在では、全国は道路網が完備され、どこに行くにも便利になりました。地方の発展のために全国でインフラ整備を進めたのですが、皮肉にも東京へのアクセスがよくなり、ますます東京に人口が移動してしまったのです。