自分が高校を卒業した当時の就職は、売り手市場で、大手の企業でも選び放題だった。通うのに都合がよさそうな会社を選び、面接を受けて就職を決めた。ただし高卒の女性の職場は、電話番、お茶くみ、コピーなど単純作業ばかりだった。

仕事として意欲の持てるようなことは何も指示されなかった。鳴った電話に出ると、「男の人いる?」と、いつも聞かれた。取次だけを要求され、女は要らないと露骨に思い知らされた。男の人なら誰でもよかった。女はそれだけ価値のないものなのか。

朝八時半から夕方の五時半まで会社にいて、定時が過ぎたら、タイムカードを押して退出した。こんな単調なことを毎日繰り返していくのかと、不満を募らせていた。

そんな時、会社の同じフロアの少し離れたところに特殊な仕事をしている男性がいることに気が付いた。広い部屋のほとんど真ん中の位置に大きなデスクを背中合わせに二つ並べ、大きな製図板の上にケント紙を広げて何か広告関連の制作をしていた。

最初に見たときは瀬戸内海の島の橋梁の絵を、絵の具を使って描いていた。もともと美術が好きだったので、その人の仕事に興味を持った。新しい企画が決まるたびに、何が始まるのか会社に行くのが楽しみにさえなった。

ポスターやカレンダー、商品ラベルや、ペーパークラフトの製作、準備のためのスタジオでの写真撮影など、バラエティーに富んだ仕事内容だった。それらは、グラフィックデザインと呼ばれる分野の仕事だということを後に知った。会社に入社して、初めて意欲的に仕事をしている人の姿を見たような気がした。

自分がその仕事に関心を持っていることを上司が知り、助手的な仕事を指示されるようになった。写真撮影のアシスタントをするためにフォトスタジオへ行ったり、漫画家の家に原稿をもらいに行ったり、初めて仕事が楽しいと思うようになり、やっと会社へ行くのが苦痛ではなくなった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『乙女椿の咲くころ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。