十一月末、新潟の実家は雪だった。百二十キロほど離れた新潟市の大学へ面接に行く前の日であった。夕方暗くなりかけた頃、友人が訪ねてきた。小野塚だった。顔を見せるなり、

「よかったな、よかったな」

と肩を抱いて喜んでくれた。目を真っ赤にして涙が流れていた。鼻の先も手も冷たく赤かった。どうも長兄が連絡していたようだ。

「なーんだお前、バイクで来たのか。峠越えだから二十キロ以上あるなー。わざわざ来てくれなくてもよかったのに、すまんな」

さらにもう一人来てくれた。和夫君だった。

「明日面接だって、殆ど大丈夫なんだろう。ほんとによかったな」

そう言いながら長い脚を折り曲げて畳に座った。白く曇った眼鏡の奥にやはり涙が浮かんでいた。小野塚の顔を見るなり彼の顔も尋常ではいられなくなったのだろう。

翌朝雪は四十センチ以上にも達しており、なおも降り続いていた。長兄の車で新潟市内に向かったが喜びよりは不安が先行し、駄目だったらどうしよう、その先選べる何かはないのかなどの思いが頭をよぎっていた。新潟市内には雪は全くなく、強い季節風が吹き、白い雲が青空の中を速い速度で海の方から内陸へ流されていた。

脳研究所は医学部や附属病院に隣接して、そこだけが平屋でしかも古い木造の建物であった。この建物に対する知識は殆どなかったが、来る前病院で

「伊庭さん、今度新潟に行くんだって」

一人の内科医に声をかけられたとき、

「はい、まだ決まったわけではないんですけど」

「どこの教室?」

「多分、脳神経外科だと思います」

「いいところへ行くんだね。確か脳外科は東大と同じくらい古くて脳研究所も国立では他にないんじゃないかな」

との情報は聞いていた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。