ミンの存在

ジェインに愛され、子供たちに頼られ、ミンに父親の愛情を感じ、もはや一時の隠れ家でなくなった今は、置き忘れていた人間性を手繰り寄せるために、与えられた大義のための冷酷な手段なぞ忘れて、この家の主人として生きる姿を何度も空想した。

しかし一部の人たちの保身と欲のために生き地獄にあえぐ民を日々目にすれば、まともな生活を一刻も早く取り戻してあげたい。自己満足は許されない現状があった。靴の評判は政治家軍部の中核に広がり、注文から手に入れるまで1年先という状況になると、先客を押しのけても欲しくなるのが権力者の常だ。

金に糸目はつけないとか、希望があったら叶えるからとか言って、すり寄ってくる。それを待っていた靴屋は、指導者の名前が付いた記念行事や軍事パレードに使う広場を眺望できる場所に出店したいので、その権力のある人を優先して納品した。

ちょうど国の顔ともいえる広場の周辺を高層ビルで飾る工事が進行中だったので、店は難なく手に入った。完成間近のそのビルからは、祭典に使う指導者が登壇するためのひな壇が、距離はだいぶあるものの、正面に見える。

注文者の心変わりがないように納品期間の短縮の助けになるのは、やはり家族の戦力だ。木型をもとに革を合わせ、ひもで縫い合わせ、釘を打ち付け、接着剤を使い、カッターで切り揃えて少しずつ靴の形にするのが面白く、革を人の肌のように手入れするのを真剣に眺めて、何か手伝いの依頼がないか待ち構えている。

ジェインも子供たちも呑み込みが早いのに驚く。かなり手間が省けた。ジェインが子供たちを寝かせに母屋に帰る頃、ミンも何か手助けをとそっとのぞくと、靴屋は上々のはかどりに満足したのか、軽く鼻歌を歌いだした。それを聞いたミンは、表情を変えて後ずさりした。

沈痛の面持ちのまま住居に帰り、まんじりともせず朝を迎えた。次の日も次の日も何かを考え込んでいるのか、声をかけても生返事で食欲がない。具合が悪いのかと聞くと、なんでもないとうつろな笑いを返す。医者を勧めてもかたくなに拒み、強引に診察してもらっても悪いところは見つからない。