そういう問題ではないのだが、この女性の微妙な気持ちが彼らには全く伝わらない。彼ら曰く、プロジェクト・ガールズ(プロジェクトに住む女性たち)の中には、平気で外で小用を足す女性も少なからずいるらしいのだ。

実際彼らは、いままでに何度となくその場面に遭遇しているという。実は私も目撃してしまったことがある。その女性はビルディングの入口の影でしゃがんでいた。男性が小用を足しているのところは、だいぶ見慣れた光景ではあるが、まさか女性まで。

「絶対に無理」。

私は拒み続けた。

「だったら、俺の部屋のトイレ貸してやろうか」。

ドレッドが言った。

「ありがとう」。

私はようやくトイレを済ませ、また公園に戻った。

しばらくすると、暗闇に人影が薄らと見えた。その人影は前方から、こちらに向かって歩いてくる。細身で背の高い男性2人と中肉中背の男性1人。長身の2人は、近くで見ると顔がそっくりだ。双子だ。

彼ら(以下、ツインズ)は、小さな頭に黒のDu-Ragを巻いている。黒人とヒスパニック系のミックスらしく、ライトスキンにキリッとした顔立ちが印象的だ。

もう1人の男性は黒人である。“Yo,whut up?”彼らは互いに挨拶を交わし合った。

黒人の男性は、かなり酔っている。足元がおぼつかない。彼(以下、ドランク)が突然、私とチョコレートの間に割って入り、無理やりベンチに腰を下ろした。

すると、ドランクはわけもなくチョコレートに絡み、大声で彼を罵り始めたのである。チョコレートは困惑した表情を浮かべながらも、ドランクの挑発には決して乗ろうとはしない。

あまり取り合わないように、ドランクからの一方的な難癖をかわそうとするも、ドランクはその度にチョコレートに食ってかかる。ドランクは感情のコントロールがきかなくなってきている。彼の怒りはますますエスカレートしていくばかりだ。

さすがのチョコレートも、このまま黙っているわけにはいかなかったのだろう。

「何のことだよ。知らねーよ」。

チョコレートが興奮した様子で言い放つと、2人の激しい言い争いが始まった。

いまにもお互いの手が出そうな張りつめた空気に、私は少し怖くなった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『HOOD 私たちの居場所 音と言葉の中にあるアイデンティティ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。