噂を少し疑いもした。美紀は手渡されたお金を確認することなくバッグに仕舞い込むと、商工会から預かっている領収書を取り出し、受け取った金額を書き込んで良子に渡した。

「うちの亭主は人がよいというか馬鹿というのか騙されちゃってね。うちは今大変な状況なの。でも、美紀ちゃんの頼みやったら聞かないわけにはいかんからね。こっちにでも腰を下ろして」

美紀から領収書を受け取ると良子はそう言って店の隅に置かれた来客用の椅子を二人に薦めた。

「ちょっと待っててね」

良子はそう言い残して奥へ引っ込み、冷たい麦茶の入ったコップを三つ乗せた盆を持って戻って来た。近頃は話し相手も寄りつかなくなったのか良子は恰好の相手を得たとばかりに話をする積りなのだ。

美紀は案の定という顔をして奈美に目を遣った。寄付を貰った手前、無下に断るわけにもいかず美紀は良子の愚痴話に付き合わざるを得ないことを覚悟した。

寄付はすんなりと差し出したものの良子の話はそれからが長かった。段々と先細る商売に焦った亭主が商工会に相談した。

店は日本酒とビールが売れ筋だったが、相談した経営指導員からワインは海鮮料理とも相性がよく今はそのブームだと言われ、ワインと海鮮料理の特集記事の載った旅行雑誌を見せられた。

経営指導員は、この地域は伊勢海老や鮑、牡蠣などの高級海鮮食材が豊富でイタリアや南フランスにも負けないぐらい観光地としての潜在力があり、それに見合うワインの消費量が将来的に十分期待できる地域だと熱く語った。

さらに、この地域一帯を消費地とするワイン供給基地を作り経営革新を図ったらどうかと持ち掛けた。そうすれば志摩がインターナショナルな観光地として一段も二段もグレードアップでき、地域の人たちからも感謝されるという言葉を決め手として、亭主はワインを地域一円のホテルや旅館に収める計画を練り上げた。

商工会の指導によりアンケートも行い、近くに供給場所があると便利だとの回答を数件の旅館やホテルからも得た。そのため商工会の取り扱う小規模事業貸付金や銀行からの融資により隣の土地を買い上げ大掛かりな冷房装置のついた最新式の大きなワイン貯蓄蔵を新築した。

商工会の計らいにより「港町に大規模なワインセラー」との見出しで地元新聞の記事にもなった。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。