夏祭り

昼食はナポリタンを店のカウンターの椅子に向かい合わせに座って二人で食べた。

「よかったらだけど、昼から一緒に行ってくれない? 気晴らしになるような楽しい場所じゃないけどグタグタ愚痴を聞かされると一人じゃ気が滅入るのよ」

食べ終わると美紀が奈美に昼からの寄付集めの同行を求めた。

「ここはどうするのですか?」

「いいの、いいの。二、三時間ぐらいなら閉めておいても。喫茶店は暇潰しにやっているようなものだから」

そう言った美紀は、奈美からいいですよとの了承の返事を聞くと食べ終えた皿を二つ持って台所へ消えた。

店には昼食を摂りに来た営業マン風の男たちが三人ほどボックス席にいたが、奈美は店のドアに吊されたプレートをひっくり返しクローズドにした。

約束の連絡は入れていないが、左前とは言いながら閉めてはいない商店には誰かは店番をしているはずで、二人は客が帰った午後一時過ぎに漁火を閉めて車で出掛けた。

「ここよ」

美紀は伊藤酒店と書かれた大きな看板の掛かった酒屋の脇にある駐車場に車を停めた。隣にはネオンサインのついた新しいレンガ造りの洒落た大きな酒蔵が建っていた。

二人が店に入ると店番は誰もおらず、美紀が奥に向かって訪いの大きな声を上げた。

「はーい」

と奥から声がして黒っぽいエプロンを腰に巻きつけた少しぽっちゃりとした女が出て来た。女将の伊藤良子だった。

「いらっしゃい。あら、美紀ちゃん」

そう言って良子が愛想笑いを浮かべた。この店は母の代からの仕入れ先で美紀は女将とも顔馴染みだった。

「おや、こちらが新顔のホステスさん? 評判通りの美人やね」

そう言いながら良子は美紀の後ろにいた奈美をまるで値踏みをするかのようにジロジロと眺め回した。目が合うと奈美は小さく頭を下げた。

「今日は何? 払いにはまだ日があるけど。花火の寄付?」

良子は美紀にそう訊いた。

「ええ、そんなところ」

そう言って美紀が頷くと、また金の出て行く話かとでも思ったのか途端に良子は曇った顔を作ったが、店に配られたポスターを見て覚悟はしていたのかレジに回って千円札ばかりで三万円ほどを取り出した。

「御苦労様。知っての通りうちも大変でね。皆さんが楽しみにしている花火なのでもう少し弾みたいけどいつも通りで勘弁して頂戴」

そう言いながら良子は取り出したお金を三度も数え直して美紀に差し出した。日々の支払いにも事欠いているとの噂で、美紀はつらい交渉をしなければならないと諦めていたが、女将の良子が意外にあっさりと寄付を出したことに内心驚いた。