電話を切っても、娘・明純の言葉が胸をえぐったままだった。仕事してたら忘れられる。子供を失った母親の気持ちは、いくら自分の方が長く生きていても、わかるはずがない。

ふと見ると幸三がオムツをはずしている。何をしているの? 冬子は、急いで幸三に近づきお風呂に連れて行った。ついに弄便が始まったか。

その後、五日後に検視がすべて終わり、事件性もないことから、発見から六日後に引き取ることになった、と連絡があった。その約一週間の間に娘夫婦は葬儀社に相談に行ったそうだ。

最初は家族葬で小さくやりたいとの希望だった。しかし、葬儀社からのアドバイスで、

「これだけSNS拡散されているのでは、知らせないで、後からポツリポツリと来ると、そのたび、何度も何度も説明しなければならないですよ。お辛いと思いますよ」

という一言で、たくさんの人に知らせ、来る・来ないは本人の自由なんだから、できるだけたくさんの方に送ってもらいたい、と気持ちを切り替えた、と報告があった。

さらにサクラがみつかった滑落現場は、サクラの登山計画コースからは木々が生い茂り行けない。

だが、下から澱川に沿ったコースなら行ける、とのことで、見つかった日からちょうど一週間後の土曜日、山岳捜索隊に頼んで、明純の夫・良典と息子のヒョウゴ・イオリが発見現場に行くことになっていた。

その前日に急に遺体を引き取ることになったので、火葬を二日後にして、芹山斎場に預かってもらうことにして、火葬は日曜日になったという。

「火葬……先にするの?」

「嫌なんだよ。先にするの。でも、遺体を葬儀場に置ける状態じゃないんだって」

遺体の無い葬儀。サクラ、なんでそんな。

「おかあさん、日曜日おとうさんデイサービスだよね。来る?」

「でも、迎えにきてもらうんじゃ……芹山斎場は遠いし」

「いいよ、迎えに行くよ。良典さんとヒョウゴとイオリしか、サクラを見送れないんだよ。おかあさん、来て」

行きたい。サクラに会いたい。

「じゃあ、申し訳ないけど、行かせていただくわ。良典さんによろしく言ってね」

日曜日、夫・幸三をデイサービスに送ってから、冬子は黒いスーツに着替えた。喪服じゃなくていいよ、黒っぽいので。

娘・明純が言っていた。喪服ではないが、上下黒にした。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。