東福寺見参

長男坊の結婚相手のご両親との顔合わせで京都を訪れ、夕食を共にしました。緊張することもなく自然に接せられ、楽しい一時を過ごすことができました。私が以前に立ち寄ったことのある店でしたが、おそらくは全員がその味や雰囲気を堪能できたはずです。

この日はそのまま散会となりましたが、翌日には息子夫婦と4人で京都市内を巡りました。断続的に小雨が降るあいにくの空模様でしたが、前日に引き続いての市内観光はいいものでした。やはり私の知っている店でランチをし、ついつい昼間からビールや熱燗を酌み交わしてしまいました。

ほろ酔い加減のままタクシーに乗りこみ、向かった先は東福寺でした。義娘の母上のオススメの寺だということでしたが、正直いえば私にはあまりピンとこず、期待はしていませんでした。実際に自分の目で見てみないと何ともいえないし、他人がいいと思っても自分の好みに合うかどうかはわかりません。何がどういいのか疑心暗鬼のままながら、東福寺来訪は娘の要望に沿う形だったのです。

東大路通りで降車した我々は、小雨の東福寺界隈をゆっくり歩いて行きました。そうして臥雲橋にさしかかった時、私は小躍りさえしました。私は京都や奈良で、複数の巨寺、大伽藍を目にした経験がありつつも、そこからの景観はこれまでにない絶景だったのです。

臥雲橋の下には小川が流れ、それを包みこむように樹林が生い茂っています。季節柄その木立は色彩的には精彩を欠いてはいるものの、その向こうには清水寺の舞台を連想させるような通天橋が架かっています。山形県の山寺を京都に持ってきて、そこに奥行きを加えたような感じとでもいいましょうか。

境内がひとつの山や渓を成していて、そこに通天橋が架かって他に類を見ない景観となっている。巨大な本堂や庭園も有し、京都の名刹(めいさつ)のひとつといって間違いありません。新緑や紅葉の時季にはさぞかし見事だろう、(私のウデ、実力の問題は別としても)いい写真が撮れるのではないか、血が騒ぎました。

臥雲橋から眺めた景観、それこそが私の心に京都に対する想いに火をつけた、そう評して過言ではないでしょう。また京都にくる、そう誓った瞬間でした。春にも秋にも、必ず再訪する、永い眠りが覚醒したとでもいいましょうか。

この後には東福寺からほど近い芬陀院(雪舟寺)にも立ち寄り、小さいながらも乙で趣のあるその佇まいと雰囲気にも惹かれ、私の記憶に刻まれることとなります。この旅の締めくくりとなった東福寺ですが、私にとっては京都の新たなスタート地点ともなったのです。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『旅のかたち 彩りの日本巡礼』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。