広い家の中で唯一使用されていると思われる個室には、ベッドとストーブと机しかない。その机の上にノートパソコンとプリンターが置かれてあった。居間にはテレビと仏壇があったが、灯りは消されてありその奥にある個室だけに暖房が焚かれていた。

「デスクトップの設定がおかしくなっていましたよ。故障じゃありませんからこのまま気にせず使ってください。私、もう少し時間があるので何かわからないことがあれば聞いてください。わかる範囲内で教えますから」

「あら本当に? ありがとう。私ね、旦那が亡くなってからね、一人で仏壇を世話してね。なんだか寂しくてがっくりきちゃって、うつ病になってずっと入院していたのよ。少しでも元気になろうと思ってパソコンを買っていじっているのよね。でもね、もう歳だからなかなか覚えないし続かないのよ、集中力が。すぐにくたびれちゃう。一人でパソコンをいじっていても寂しいだけよね。橋岡さんは若くていいわね。何でもできるじゃない」

「私も家で一人、パソコンをしていますよ。さほど変わらない生活だと思いますよ。ただ仕事をしているから家にいる時間は少ないというだけで」

「そうね、そうよね、私も元気出さなきゃね」

目にいっぱい涙を溜めて遠くを見つめながらそう言う大家さんは身体中から寂しさが溢れていたが、こんなひと時がとても楽しいといった様子で笑顔を浮かべている。

「橋岡さん、お仕事の無い時に、またパソコン教えてちょうだいね」

お礼と言っても何もあげるものがないのよ、と言いながら冷蔵庫からシラスの入ったビニール袋を私にくれた。そして私はそれから一週間毎日シラスご飯をお弁当に持って職場へ行った。その翌日、我が家の郵便ポストには手紙が入っていた。

「またパソコンを教えてもらえませんか?」

こないだのひと時がとても嬉しかったのだろう。私は休日になると大家さんの家に行こうかな、と思いながらもついつい行きそびれてしまう。家賃を払う以外に大家さんの家を訪ねたことが未だにない。

心の中ではいつも気にしているが、まとまった時間を作るのが下手なのだろう。私は毎日やることは沢山ある。仕事へ行けば尚更一日はあっという間に過ぎ、一週間もあっという間。そして気が付くと次の家賃の支払いの日が来るのだった。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『破壊から再生へ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。