そして弟はもう姉を必要とはしない別の世界で生きている。

弟からすると、幼い頃に姉から捨てられたのだという想いがあり、私はずっと恨まれていたのだ。

「姉ちゃんが出て行ってから俺がどれだけ苦労したと思っているんだ。俺は一生分の親孝行をしたからもう自由になりたいんだよ」

それが、弟が結婚する時に両親に言った言葉。韓国で結婚式を挙げたが、両親だけが参加し私のことは呼ばなかった。

弟は、結婚式以外に奥さんを両親に会わせることはなく、北海道にも連れて行ったことはない。弟の奥さんは、私と弟と三人で飲んだ時に私に言った。

「私はご両親に嫌われているみたいですね。会うのが怖いです。たまに酔っぱらってお母さんから電話が来るんです。駄目な嫁だと言われます」

「一生会わなくてもいいよ。ただ、弟の傍にいてくれればそれでいいよ」

私はそう言った。

「私達姉弟はさ、転校してばかりでずっと寂しい想いをしながら育ったの。両親がとても仲が悪くてさ、私はさっさと家を出てコイツを置き去りにして好き勝手やってきてさ、コイツにはそうとう寂しい想いをさせてしまったのよ。だから仲のいい家族の中に入れてコイツは幸せだと思うよ」

「そうなんですね、そんなこと初めて聞きました」

「私達姉弟はキザだからさ、そういうことは自分から言わないのさ」

そうか、弟は自分から寂しかったということを言わないのか。男としてのプライドもあるのだろうか。

しかし、仲睦まじい家族の中で弟はどういう心境なのだろうかと考えずにはいられない。

当然、家族同様に扱われ、毎日楽しく生活していることだろう。そんな中でも自分が育った家庭環境を思い出さないはずもない。自分の中にある闇の記憶を隠し、過去の自分と決別し、全く新しい自分を生きているような気がしてならない。

そう考えると、私とも会おうとしない、両親にも会おうとしない、北海道へも行かない。その理由がなんとなくわかる気がする。

きっと、弟は生まれ変わろうとしているのだろう。それは逃げているのとは全く違うのだ。

過去と決別し、新しい自分を新しい家族の中で形成する。私はどうかといえば、どんなに逃げても思い出の中を彷徨っている。

生まれ変わろうとするよりも、いつまでも成長できずに無防備に甘えられる環境を求めている。

大人になることよりも、弟とゲラゲラ笑っていた自分。それを失うまいと、フレックルスを抱き、ジムニーに乗り、輝く草原というこの世には無いものを求めていつまでも彷徨っているのだ。大人として成長することよりも、自分の中にあるピュアなものを失わないように生きている。

その方が、思い出せない記憶の中にある楽園に辿り着ける気がしてならないのだ。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『破壊から再生へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。