第三話 ユース大会物語

1

しかしながら、主催が決まらない。日本の女子硬式野球を広める趣旨で行っているので、最初に日本代表チームを選出している日本女子野球連盟に相談を持ちかけた。

「それはとてもいいことですね」

「それで、主催者になっていただけないでしょうか」

と、祈るような気持ちでお願いしたが、

「人も費用も出せる状況ではないので無理です」

と、残念ながら断られた。

続いて、開催地を予定している加須市スポーツ振興課、加須市体育協会、加須市野球連盟、その他関係機関に主催の依頼をするが、後援ならできるが、女子硬式野球なるものの知名度が低いことや、主催となると責任が生じるためという理由で、すべて断られてしまった。

──今でこそ、少しではあるけれども、女子硬式野球は知られていてもこんな状況なんだ。これが四津さんの時は、何もないところからの立ち上げだったんだから、オレなんかは、まだまだ苦労が甘いし、恵まれているのかな。

と、改めて四津さんの苦労の大変さを感じていた。

主催者が決まらず、四苦八苦(しくはっく)している時に、私の苦しんでいる様子を陰ながら見つめていた当時、関東女子硬式野球連盟の事務局長、菊池幸男(きくちさちお)さんが、「濱本さん、どこも主催をやらないと言うんじゃ、関東女子硬式野球連盟が主催し、やればいいじゃないか」

と、菊池さんが私の背中を押してくれた。

これを聞いた時は、普段は辛口で、厳しいことしか言わない、読売ジャイアンツの長嶋茂雄さん、王貞治さんの監督時代にマネージャーをされていた菊池さんが仏様のように思えた。

主催者が決まり、運営費の目途が立ち、次に行政への後援依頼に奔走した。しかし、一市民の私には加須市役所のパイプはなく、どうするものかと思案に耽(ふけ)り、いつものように、行きつけのお寿司屋さん「山銀(やまぎん)」のカウンターで一人悩んでいた。

そこへ、私が加須市に移り住み、独身時代から現在まで、私を含めた濱本家族の歯を診ていただいていた地元の歯医者さんである野本克夫(のもとかつお)先生が、お店に入って来られて、青森県産の檜葉(ひば)のカウンターに座られた。間髪を入れず、

「野本先生、今度、女子硬式野球のユース・アンダー18 なる全国大会を加須でやりたいんですが、加須市に後援になってもらい、協力をしてもらいたいんです。でも、僕には市役所に知り合いがいません。先生お知恵を貸して下さい」

「あ、そう、加須市長や加須警察ならよく知っているから、ハマちゃん、大丈夫だよ。今度、言っとくよ」

と、こころよく野本先生は引き受けて下さり、加須警察署には大会期間中の安全確保を依頼するなど、行政との連携はすべてスムーズにいき、人の縁の大切さを知らされた。

※本記事は、2017年2月刊行の書籍『女子硬式野球物語 サクラ咲ク1』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。