福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
母は、いつもの優しい笑顔で、
「父上が話されたのですか」
と眩しい目をしながら言う。
「はい、百合は思いもかけませんでした。母上は私が男の子として育つことがお嫌ではないのですか」
「いいえ、少しも。その方が百合には合っているように思えましたので……」
「私はとても嬉しいのです。勉学も剣もずっとやりたかったのですから。いつも兄上が羨ましくてたまりませんでした」
「それなら良いのです。でもね、百合、これだけは言っておきますが、あなたはれっきとした女の子なのですから、いつか気持ちが変わる時が来るやもしれません。それは決して恥ずかしいことでも裏切りでもないのですよ。女の子は年と共に心も体も変わっていくものですからね。でもね、それまでに身に付けた学問や剣の技術、礼儀などは、もし女の子に戻ったとしても決して無駄にはなりません。素晴らしいものです。ですから父上などに遠慮することなく、さっさと女の子に戻って構わないのですよ」
そう言って深雪はくすっと笑った。
「今はまだ百合には分からないかもしれませんね。それで良いのです。でも心のどこか片隅に、今の母の言葉をしまっておいて下さいね。いつか思い出す時が来るかもしれませんから」
「はい、母上」
「母もね、子供の頃は百合と同じで、野山を駆け回ったり学問したりしたかったのですよ。体が弱かったので、出来ませんでしたが。ですから、百合の気持ちがよく分かるのです。でも今母として願うのは、ただ百合に幸せな人生を送って欲しいということだけなのです」
そう言って母は百合を抱きしめた。百合は母に抱きつきながら、私はなんと幸せ者なのだろうと心の底から思った。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。