第一ポイント。ナンバー1の男のフラットサーブがTライン上へ。完璧なサーブだ。並の、いや相当なレシーバーでもほぼノータッチのエースだ。それぐらい素晴らしいサービスだった。

だが一瞬で状況は逆転する。その男が裏手に伸ばした右腕の延長線上のラケットは、ショートバウンドで、その完璧なサーブを捕らえる。間違いなくその男が意識的に捕らえているのだが、傍から見ると、男が事前に伸ばしていたラケットに、サーバー側が当てにいったかの様な錯覚に囚われる情景だった。ロブ。

フラフラッと上がった打球はネットへ詰めていた相手前衛へ。ジャンプして伸ばしたラケットが、ギリギリ届かない高さで頭上を飛び越えていく。捕れそうで捕れない。

そして後衛、つまりサーバーは油断していた。普通男子ダブルスの場合、サーバーはほぼほぼサービスダッシュするのが定石だ。エースだろうと勝手に思い込んでいた為惰性で前に出ていた。スプリットステップを踏んでいない。カウンターの如く打球は自分の左横を掠めていく。

絶妙のスピード、高さ、コースをコントロールされたボールは、エンドライン付近にイン。その後は静かにバックネットにバウンドしていった。球筋はゆっくりでもノータッチのリターンウィナー!(0-15)ラブフィフティーン。

第二ポイントはアドサイドのレシーバーがリターンミスして(15-15)フィフティーンオール。

第三ポイント。今度はスライスサーブをワイドへ。スピードを殺し、タイミングを外したこれもグッドなサーブだ。前衛は定石通り打球方向へ移動し、アレーコートをケアする。サーバーも打球方向へダッシュ。サーバー側から見て、陣形は全体的に左側に寄る事になる。今度はサーバー側に油断は無い。

その男は、右の手の平を相手に向ける様に、横に目一杯ラケットを伸ばす。さらにボールがラケットに当たる瞬間、小指側から親指側に手首を動かした。弾き返すというよりはボールを外側から包み込むイメージだ。打球は決して速くない。ネットをふんわりと越えるショートクロス。

打球は相手前衛を無視する。このポイントに参加する事を許さない。そして次の後衛のサーバーさえにもポイント参加の許可をしなかった。陣形が左側に移動し体重が左足に掛かったその時、逆を付いたボールはネットを越えて各々の右側を通過していく。

催眠術に掛かったが如く、二人は二人の両足を固定されたまま、呆然と打球を見送るしかなかった。

ボールウオッチャー。ドーハの悲劇だ。

ハードヒットではない。しかしここもノータッチのリターンウィナー!(15-30)フィフティーンサーティ。

第四ポイント。サーバーが動揺したか、ダブルフォールト。(15-40)フィフティーンフォーティ。

ブレイクポイント。

第五ポイント。サーバー側はギャンブルに出る。ファーストサーブをあえてスピードを落とし、スピンでセンターへ。前衛はリターナーのアクションをギリギリまで待ち、意識としてはワンテンポ遅らせるぐらいのタイミングでポーチに出る戦略だ。

はたしてサーブは、片手のバックハンドプレーヤーが一番力の入らない肩口の高さに見事に弾んでいった。百点満点だ。予定通り前衛がポーチ。その刹那だった。

その男は強烈な逆回転のスライスを、今度は切れのある、スピードのあるショットを放つ。爪先立ちから力道山の空手チョップよろしく、プロレスでは九時から三時に水平に切り込むイメージだが、その男は左肩口から右膝方向へ。十時半から四時半といったところか。鋭い打球はネットスレスレに、居るはずだった無人の前衛を襲い、あっという間にエンドラインに突き刺さった。レーザービームだ。

「上手い!」

二人同時だった。心の叫びは心の中に納まりきれず、無意識に有声音となって発せられた。

その男はすべてのポイントを一発で決めて見せ、すべてのポイントを相手プレーヤーに一瞬でも触れさせないノータッチのウィナーで奪い取ったのだ。

コートチェンジの間に我に返った秋山と夏木は、会員名簿を改めて見直した。

【中井貴文 四十歳 会社員】

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『センターコート(上)』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。