つまり、『異状なし』が普通の状態であると提示した。本判決は、弁護人意見としてではあるが、「疾病は、生活機能の傷害であり、死亡は、この障害の極致である」と述べている。

筆者の論理と符合すると言えよう。大審院判決の『異常』の定義に従えば、筆者が述べているように、屍體の外表は『異常』であるが、通常の屍體外表の状態を『異状なし』とすることが正当といえよう。

『異状』は死体の状態、『異常』は死体発見に至った諸般の事情を指す

東京地裁八王子支部判決によれば、『異状』とは死体の状態のことであり、検案(死体の外表を検査)して外表の状態が『異状』ということである。

一方、『異常』とは、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情等が、「常ではない」、『異常』との意味と考えられる。

人間は健康が「正常」であり、皮膚の色が悪い、唇が紫色であるなど、健康な状態と比べたときに「おかしい」というのが異常である。死体の皮膚(外表面)はそもそも「異常」なのである。

したがって、皮膚(外表面)が人間として正常ではないが、死体としては問題ないと考えられる外表面の状態(普通の状態)を医師法第21条は『異状なし』という単語で表現したと考えられる。

つまり、『異状なし』が普通の状態であるとの見解を筆者は提示している。

「医師による異状死体の届出の徹底について」(平成三十一年二月八日付け医政医発0208第3号厚生労働省医政局医事課長通知)で、『異常』と『異状』を使いわけるがごとき記載があり、東京地裁八王子支部判決引用と思われることから、過去の裁判例についても敢えて『異常』と『異状』の記載に注目した。

本大審院判決は、旧医師法施行規則第9条に基づくものであり、旧法が『異常』との記載のため、本判決文の記載は『異常』となっている。旧法から、現医師法第21条への条文の変遷を考えれば、『異常』と『異状』の使い分けは、東京地裁八王子支部判決が参考となろう。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『死体検案と届出義務 ~医師法第21条問題のすべて~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。