ベスは真剣なまなざしでラウルを見つめた。突然、腕を伸ばし、ラウルの左手を取った。驚いたラウルはベスを振り返った。ベスは何も言わず、ラウルの手首を握ったまま、じっと宙を見つめている。

「怖いの?」

「違う。」

ベスはラウルの手を放した。

「私は怖くないわ。あなた、とても冷静ね。」

べスが言った。ラウルはに落ちない顔でベスを見つめた。ベスは黙って馬の方へ歩いて行った。ラウルは不思議に思いながらも、森の方へと集中力を切り替えた。

ラウルの言う通り、馬はけものの気配を感じながらも、おびえている様子を見せなかった。黙ってベスがまたがるのを助けているようにも感じた。本能では危険を感じ取っているに違いない。主人と認めたラウルへの信頼感だろう。

ベスは優しく馬の首筋をでた。獣のうなり声が聞こえた。近い。ラウルはけわしい眼でたき火の向こうの暗闇を睨みながら、静かに剣を抜いた。枝の折れる音がし、木の陰からゆっくりと狼が姿を現した。

右手に二頭、正面に一頭、背後にも何頭かいるはずだ。正面の暗闇のその奥に、よく見えないがもう一頭立っている。おそらくあいつがリーダーだ。

狼たちは、唸り声を上げながら、段々とたき火を囲む輪を縮めていく。首を左右に振りながら威嚇いかくしてきた。ラウルはちらりとベスが馬に乗っているのを横目で確認すると、たき火の周囲を回って、自分から狼たちの方へ歩いて行った。

ふいに右手の一頭が飛びかかってきた。ラウルが素早い動きで剣を振るったかと思うと次の瞬間、狼は声もなく地面に倒れた。間髪かんぱつを入れず、二頭が唸り声を上げて飛びかかってきた。

ラウルが一振り剣を振るうと、二頭とも、どっと地面に叩きつけられ、そのままピクリとも動かなかった。森の木々の奥に潜んでいた影が姿を現した。

他の狼よりひとまわり体の大きい狼だ。それはじっとラウルを見据えて、近づいてきた。倒された仲間の血の匂いにひるむどころかむしろ闘争心をかき立てられたかのようだ。

背後の三頭の狼もかなり接近してきている。低い唸り声を上げ、ラウルを遠回しに睨み、獲物えものの隙をうかがっているようだ。

ラウルは首領しゅりょうの一頭を目の端から離さないように、他の狼たちの気配に耳をそばだてた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『初めの物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。