沖田くん

二人は揃って廊下の突き当りにある水飲み場に行った。

それからも沖田くんが何かにつけて突っかかるので、喧嘩が絶えなかった。その度に「顔、洗ってこい」、「校庭一周」などと罰を食らった。

学期末には先生から、元気なのはいいが、もう少し女らしくできないかと親に注意があった。

鳥取の人々は概して穏やかだったが、とくに女の人は控えめで、私のように男子に向かってポンポンと言い返す同級生は先ずいなかった。

私は、「いっつも沖田くんが悪いんや! なんで私ばっかり叱られな、いけんの?」とふくれた。

沖田くんがもう一つ得意なのは昆虫採集で、いつも胴乱(注:植物採集用のブリキで作った円筒状の容器)代わりのミルクの空き缶を肩からぶら下げていた。ときどきその中から「ええもん、やるけえ」と、蝶の羽の千切れたのや大きな蝉やどんぐりなどを大事そうに出してきた。

林で採ったと言って、茸を掌に載せてくれたこともあった。薄紅色の、きれいな茸だったので、私は大事に家に持って帰ったが、毒茸かもしれないから捨てなさいと言われた。

下校途中に出会ったあの時も、沖田くんは空き缶をぶら下げていた。頭や肩に落葉が止まっていたところを見ると、山で虫集めをして来たらしい。

にこにこしながら、「手え出しんさい」と大事そうに両手で囲っていたものを突き出した。

ぱっと開くと、透き通ったものが私の掌にはらりと落ちた。灰色と水色の複雑な模様が浮き出た薄紙は、あるともない風に微かに揺れた。

それが蛇の抜け殻だとわかった瞬間、私は激しく振り払い、わっとばかり泣き出した。沖田くんは訳がわからないといった様子で私の顔を見ていたが、くるりと向きを変えると全速力で走っていった。

翌日から沖田くんはそっぽを向き、口をきこうとしなかった。私も、あんないけずをしたくせにと腹が立ったから知らん顔を続けた。

そんな様子は目に余ったのだろう。とうとう席を替えられ、互いに意地を張ったまま小学校を終えた。