拾って来た女

大阪か名古屋から来た観光客だろうか小さい子を連れた家族が三組と高齢の夫婦が二組、それと若いカップルの六組ほどの乗客と一緒になった。船内はまだ席に余裕があり、それぞれのグループが間を置いてバラバラに座った。若いカップルは通路を挟んで美紀達と並びの席だった。

遊覧船は軽快なエンジン音を上げながらゆっくりと入り江の港を離れた。大小六十あまりの島々が点在する英虞湾は波も穏やかで、遊覧船は潮風を受けながら軽やかに快走した。追従するかのように数羽の鴎が白い波を立てる船の周りを飛び交った。

「船もたまには気持ちのいいものですね。東京とは違う。海の色が凄く綺麗」

クロスベンチの窓際に座った奈美が外を見ながらはしゃいだような声を上げた。美紀は、時折ジョークを交えて案内をする船長のアナウンスに耳を傾けながらサングラス越しに真珠筏の浮かぶエメラルドグリーンの英虞湾を楽しんだ。エンジンの振動が心地良く日頃の疲れも出たのか三十分ほどもすると眠気を催し、知らず知らずのうちにうとうととしてしまった。

「止めて!」

突然女の悲鳴が横のカップルから上がった。乗船客の皆がカップルに目を遣ったほどの声だった。美紀もその叫び声で目が覚めた。男が女の頬を叩いたのか女が手で顔を押さえていた。女は窓際に座っており男が邪魔になって逃げられない。女は顔を強張らせ窓にへばりつくように身を寄せていた。今起った喧嘩かそれまでのもつれが尾を引いていたのかどうか喧嘩の原因はわからなかったが、美紀が居眠りをしている間に起ったようだった。

男は罵り声を上げながら尚も女を叩こうとしていた。女は叩かれることを避けるため男を押し退け、走る船の中では降りることもできず泣きながら最後尾の席に移動した。女が席を移動すると男は不貞腐れたように窓際に寄って海に視線を向けた。

美紀はこんな所で詰まらぬ喧嘩を始めたものだと思い、心地よい睡眠に邪魔が入ったことに少しばかり腹立たしい思いを抱いた。

ふと隣の奈美を見ると、奈美は身を乗り出し異常なほどに目を凝らして若いカップルの喧嘩を眺めていた。

そのうち奈美の手が震え出し目から涙を溢れさせて嗚咽を漏らし始めた。

美紀はわけのわからないまま奈美の頭に手を遣り自分の胸に抱き寄せた。乗船客たちは、今度は嗚咽を漏らし続ける奈美に目を注いだ。

美紀は下船するまで黙って奈美を抱きしめ続けた。