この時、広葉樹を中心とした天然林を伐採しスギ、ヒノキを植林する拡大造林と呼ばれる動きが急速に進みます。

現在の人工林の約4割にあたる400万haは、この時、天然林から置き換わった人工林です。今日、旅先などで私たちが目にする「自然」と思われる景観のかなりの部分は、明治期以降の人工的な景観であり、日本古来の風景ともかなり異なっています。

明治期以来私たち日本人は、森林を単なる資源庫と考え利用を進めてきました。

当初は、炭焼きや薪の採取などの燃料としての利用と建材利用の2つが利用方法の大きな柱でしたが、50年前の燃料革命とともに、スギ、ヒノキを建材として利用するという方向に大きく舵が切られました。

そして今日、私が注目するのは、台風などの大雨による流木の問題の拡大です。針葉樹は根が浅く保水能力が低い樹種です。全国のスギ、ヒノキ林で見ることができますが、間伐などの手入れが行き届かず密植状態が続く人工林では容易に表土が流出し根が浮き上がってしまいます。

また、伐採の適齢期を過ぎた人工林では倒木が急激に増えているようです。そうした状態の山林が大雨による流木の原因の1つとなっているのではないでしょうか。

50年たった今、当時の目論見が明らかに外れたことが、問題の根底にあります。時計の巻き戻し手法は森林に関しては適用できないのです。

また「手付かずの自然」という自然観が流布されていることにも再考の余地があります。こと森林における「手付かず」とは人間が「手を付ける価値がないと判断した」自然がほとんどです。基本的に森林は手を付けるべきものなのです。

そして、手を付けていくにあたっては、従来からの木材資源庫としての視点を捨て、そこに暮らす野生生物や針葉樹以外の樹木、植生、そして木材以外の森林資源の活用などを含む生態系の視点で森林の維持管理を考える必要があります。日本の新しい自然観を構築し1020万haという広大な面積の生態系をマネジメントする新しいチャレンジが必要なのです。

森林を生態系として時間軸で捉えることで、美しく持続可能な人工林を実現させた成功例に明治神宮があります。

江戸時代、荒れた畑に茶畑と雑木林が点在する一帯が、明治時代になって買い上げられ南豊嶋御料地となりました。

明治天皇崩御ののち、そこに明治天皇を祀る神社の鎮守の杜として人工的に作られたのが明治神宮の杜で、1920年に完成したそうなのでほぼ100年が過ぎましたが、関東ローム層という土壌特性を考慮し、広葉樹を中心として複数の樹種を混合して植林するという、「保全」でも「再生」でも「復元」でもない手法で天然更新してゆく森が実現しています。

鎮守の杜なので、森林資源を利活用する視点はありませんが、在るべき森の姿を描き、実現、維持管理してゆくプロセスから得るものがあると考えています。

目指すべき日本の国土の姿は、新たな自然観に裏打ちされた、目指すべき森林像を描くことなく語れません。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『intelligence3.0』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。