本といえばもう一つ、清代に袁枚エンバイが書いた『随園食単ずいえんしょくたん』も忘れることができない書物でございます。袁枚エンバイあざな子才しさい、号は簡斎かんさい随園ずいえん

随園は袁枚の号であると同時に、江寧小倉山こうねいおぐらやまに建てた広壮な自分の邸宅の名前でもありました。食単とは料理のメモのことを言います。

袁枚は旅を好み、各地の名物を賞味し、各家の名采の単子、すなわちこんにちで言うレシピを千金を投じて求め、自身の料理観を盛り込んで書いたのが随園食単でございます。

されば、この書物は中国料理のバイブルといわれる不朽の名著でありまして、中国料理を研究するものにとっては欠かすことができない必読の書物であります。

私が所有しておりますのは、袁枚の原著を書の大家が臨書した由緒ある書物で、祖父が清朝に仕えていたときに大枚をはたいて購入したものでございます。

赤茶けてボロボロになったものを父から譲り受け、爾来じらい、なにものにも代え難い宝物として大切に保存しているのでございます。父が私に本格的に料理を教え込もうとして最初に命じたのはこの本を書き写すことでございました。

意味もよくわからずに書き写した写本を何度繰り返して読みましたことやらわかりませんが、今でも料理について迷いが生じますと、人生について迷ったときに論語を読むように、この随園食単を読んでいるのでございます。

父は料理については決して他人任せにはいたしませんでした。必ず自分で材料を仕入れ、自分で調理することを心掛けていました。

この世界には、ちょっと有名になると自分はタレントのようにテレビに出たり講演をしたりして、調理は弟子に任せっぱなしという人がこれで結構多いのでございます。

また、支店を出し、チェーン店を作り、料理の道から、料理を道具に使った商売の道に入る人もたくさんいらっしゃいます。

それはそれで一つの生き方でございますから、とやかく言う筋合いのものではございません。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『マドンナの宝石』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。