福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
加賀藩はその藩境の殆どが険しい山岳地帯である。江戸時代の初期の頃は、その領地を表す絵地図の南東から東にかけては、藩境の殆どが白紙のままであったという(現在の北アルプス三俣蓮華岳、鷲羽岳、水晶岳辺りから、後立山連峰にかけての辺りのことである)。有名な佐々成政の〈さらさら越え〉の例もあり、加賀藩はその藩境の山岳地帯の重要性を早くから認識し、人を選んでその方面の地を探索させ、後には警備もさせた。それが『奥山廻り』である。
黒部奥山は、信仰登山の立山の登拝道以外は一般人の立ち入りが禁じられており、奥山廻りでは木々の盗伐の取り締まりや、藩境付近の情報収集なども行われた。それに付随して、かなりな数の杣人(山の民)を装った草の者も暗躍していたと言われている。中には、藩主の密命を帯びて周辺諸国を飛び回っている者もおり、藩では密かに『聞者役』などと呼ばれていたという。
加賀藩が行っていたその奥山廻りに、富山藩の藩医の息子であった聡順も、一度若い頃に同行したことがある。加賀藩から要請を受け、その辺りの薬草や植物の効能などに詳しい人物を誰か同行させよと言われ、父聡ノ進は足が悪かったため、その子の聡順に白羽の矢が立ったものだ。それだけ小幡家の本草学に対する博識は、その頃からこの地一帯には、つとに有名であった。
大役を仰せつかって緊張しきっていた聡順を、父聡ノ進はこう言って送り出したものだ。
「心配するな聡順、どうせ奥山ではお前の知識など大して役にも立たぬ。それでよいのだ。我が藩の殿もそのようなことは望んでおらぬ。そもそも大切な秘薬のことなど、他の藩の役人にべらべらしゃべられては、秘薬の意味がなくなるではないか。それより、山の民には我々には計り知れないほど、奥山の草木の知識に長けている者がいる。もし道中そのような者に出会ったら、できるだけその知識を吸収するよう努力しろ。それが今度の旅の真の目的ぞ」
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。