拾って来た女

沙耶は、次の休みの日から彫り師の看板を探して歩いた。地元の伊勢や松阪では気が引け、名古屋まで出越して探した。沙耶が選んだ店は、機械彫りではなく和彫りと称する手彫りを施す店だった。

「お前ェさん、まだお若いが、覚悟はおありなさるのかい? 消えねェんだよ入れ墨は。こちとら彫るのは商売だが、後々恨まれたくないのでね」

彫り師はそう言ってしつこいぐらいに沙耶に念を押した。彫り師は彫るかどうか沙耶の意志の確認はしたが、彫る気持ちに至った経緯には一切踏み込んで来なかった。沙耶の意志が堅いとわかると彫り師はいくつかの図柄を沙耶に示した。沙耶は、図柄などどうでもよく最初に示された悲母観音に相槌を打った。彫り師は、沙耶の背中に最初に線を彫り、日を置いて色を施した。色を入れて一週間もすると背中じゅうが猛烈にむず痒くなり、沙耶は堪らず、皮膚科の医院を訪れた。

「痒いのですね。痒み止めの軟膏を出しておきます」

女性の医師は沙耶の背中に彫られた入れ墨を見て、二言そう言っただけであった。女医の視線には侮蔑の色が浮かんでいた。ヤクザの色女とでも思ったのだろう。

痒さも取れた頃、沙耶は貴方の言う通りにしたとマー君に背中を見せた。しかし、マー君からは予期せぬ言葉が返って来た。

「何や、本気にしたんか。俺はヤクザとちゃうぞ。そんな彫り物をした女とは付き合わへん。以後、連絡は止めてくれ」

この凍るような言葉を訊いた沙耶は頭の中が真っ白になった。自分の部屋で背中を見せると言ったとき、マー君の引いたような表情にすんなりと笑って元の仲に戻れるとは思わなかったが、この一途な思いが届かないとも思わなかった。

捨てられたくない一心で言われるままに彫った入れ墨であったが、それがために別れると言われた。次に打てる手など自分にはもう何も浮かばない。繋ぎ止められない。どう足掻いても元には戻れない。涙が溢れ出た。沙耶はマー君の不正実さに腹が立ったが、同時に薄情な男の言いなりになった自分の浅はかさにも無性に腹が立った。

「あんたが、あんたが彫れって言ったんよ!」

沙耶の感情が壊れて修羅場となった。泣き崩れて叫ぶのは沙耶一人で、マー君は振り上げた沙耶の拳を男の力で軽々と組伏せ続けた。やがて沙耶は泣き叫ぶ声も涸れ果て床に伏した。身じろぎしなくなった沙耶を置いてマー君は「じゃあな」と振り返りもせずにその場を去っていった。

沙耶の恋の終わった瞬間だった。