会社の窮状を想い昇給を拒んだ女子社員たちの真心に応えて。

最初に売込みに行った通販会社は日航商事で、現在のJALUXである。担当者に釡めしセットを見せたら「通販向きで面白い。しかし釡が一個なので一人しか食べられないな。二個なら二人一緒に食べられるから売れると思うよ」と進言していただいた。

早速、社に戻り数日後に陶器釡二個付十食セット(七千円)と、ついでにお代わり用の具材十食セット(六千円)を作って持参した。初めての取引だったし、通信販売がどのくらい売れるのか想像はつきにくかった。

ところが、である。まさに想像を絶するヒット商品となったのである。

「社長、注文が殺到しています!」

「本当か?」

「日毎に注文が増えています」

社員の報告通り、何と一商品で百万円を超えた。「これだ! 想像以上のヒットだ!これからは通信販売の時代が来る!」と私は確信した。

バブル崩壊で上野ビルディングは過剰投資による借入金の返済に苦しみ、上野食品は売上げが低迷しカップみそ汁に次ぐヒット商品が開発できず、いよいよ共倒れの危機が迫っていた。一番怖かったのは先が見えない会社を見限って社員が去っていくことであった。

釡めしセットを売出す半年前、年を何とか越し、四月の昇給時期が近づいた。

業績を見れば昇給どころではなかった。それでも一人当たり一律三千円を昇給した。昇給後、いつものように自分の机で仕事をしていたら、突然三人の女子事務員が神妙な顔で私の部屋に入って来た。

「社長! 会社が大変な時に昇給分は受け取れません。少ないですが会社で使ってください」。私は絶句した。「そうか、有難い。業績が良くなるまで預かって必ず利息を付けて返すから、それまで待ってくれ」と私は彼女たちに約束した。

驚いたことに、社員も月次決算を見て会社の窮状を共有し心配していたのである。出来過ぎた話だが、その半年後の十月には釡めしセットの売上げが大ブレークし、十一月には四月まで遡り千円の利息を付け四千円にして彼女たちに恩返ししたのである。この有難い出来事は、生涯忘れることはできない。