コンビニを万屋(よろずや)と呼ぼう 平成十六年十一月二十二日掲載

今、教育現場ではカタカナ語が氾濫しています。日本人が日本語を大切にしなくてよいのでしょうか。趣味が園芸と言えばダサイと言われ、ガーデニングと言うとオシャレと言われる。

昭和六十二年に当時中学二年生を担任し、英文和訳問題と題した自作のプリントを学活の時間にやらせました。野球編と日常生活編とに分かれていて、氾濫しているカタカナ語についてどのくらい意味を知っているかを問うものでした。野球編のストライク、ボールに始まり、ヒットエンドラン、フルカウント。日常生活編ではミートボール、イメージ、アクセサリー、サスペンスなどなど。

生徒の日本語訳にはハンバーグを「挽き肉の丸め焼き」、コロッケは「揚げジャガイモ・西洋まんじゅう」、スクランブルエッグは「ゴチャまぜ卵」、ポニーテールは「チョンマゲ」などと書いてありました。

「誰(た)そ彼は」が語源の黄昏の方がトワイライトよりも数十倍も情緒や風情があり、日本語の歴史を感じます。カタカナ語は本来の英語の意味を失い、言葉の歴史を失ったただの音でしかないような気がします。

それがシャレて聞こえたり、カッコ良く思えたり、人から賢く思われると勘違いをしている場合が多くあります。分かりやすい日本語で表現できる人こそ本当に賢い人だと思います。さあ、みんなでコンビニと言うのを止めて、今日から万屋(よろずや)と言う呼び名を復活させようではありませんか。

* カタカナ語の氾濫には閉口です。全く意味不明なカタカナ語が氾濫し、特にお年寄りは何が何だかさっぱり分かりません。日本人が分かりやすい日本語を使わず、自分でもよく分からないカタカナ語を使って焦点をぼかそうとすることに私は反対です。それもカタカナ語は英語とイコールではありません。

ドドメの語源は「土留め」 平成十六年十二月二十二日掲載

小学生の頃、口の周りや舌を紫色に染めながら野球帽にドドメ(桑の実)を集めていたら、白い帽子がドドメ色に染まりました。家に帰ると母親に、洗ってもなかなか落ちないと怒られました。

さて、「ドドメ」とは「土留め」のことで「つちどめ」とも読みます。以前は土手などが崩れないように土留めとして、桑の木を植えたようです。すべてが桑の木だったわけではないようですが、桑の実の印象が強く残り、実の色が暗紫色(あんししょく)だったことから、その色を「土留め色」と呼ぶようになったということです。主に群馬を始め、養蚕の盛んだった関東北部でよく使われていたようです。

桑の実はラズベリーや木イチゴに似ていて、ほとんど黒に近い紫色をしています。初めは赤で、成熟するにしたがって濃い紫色になっていきます。

色名事典にはドドメ色というのはないようです。しかし、ドドメ色=桑の実色ということで再び色名事典を調べると「マルベリー」という色があります。マルベリーとは英語でmulberry と書き、桑の実を意味します。

それにしてもなぜ、桑の実と言わずドドメという言葉が好まれて使われたのか疑問です。ど忘れのように強調を表す「ど」が続いて、その語感の強烈な印象が、桑の実と言わずドドメと言わしめているようにも思えます。

どちらかというと暗いイメージの色の代名詞として使われてきた、ドドメ色にただならぬ郷愁を抱くのは私だけでしょうか。

(注)主に養蚕の盛んな関東地方でカイコのえさとして栽培された桑の熟した実を「ドドメ」と言っています。

* 英語やカタカナ語でイメージが変わる効用があります。ドドメをマルベリーと言うと、全く別物のような錯覚に陥ります。カタカナ語を使いたがる人の一つの心理です。ドドメの語源が土手が崩れないようにするために作られた「土留め」だったことは興味深いことです。

※本記事は、2018年7月刊行の書籍『日本で一番ユーモラスな理科の先生』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。