旧き京都の旅

第1日となる11月6日(土)仕事から帰ってそそくさと入浴し、近所の寿司屋に頼んであった「にぎり」をバッグに忍ばせる。

数日前、すでに宅配便でザックや衣類、それにA家の土産用に酒類を送ってはいるが、結構な荷物だ。京都を訪問するのが久方振りなら、東海道新幹線に乗車するのもそうで、それだけでワクワクした。上越新幹線の方が、揺れが少ない気がする。夜の東海道では、パチンコ屋ばかりが目立った。

京都に着いてタクシーを利用した。運転手のオジサンは、さすが関西人という感じで気さくだったが、やけにスピードを出すので、正直いって怖かった。

初め、京都は道幅があるから、そのせいかと思ったのだが、裏道に入ってからもそうだった。A君の奥さんに聞くと、京都ではそうした傾向が強いのだそうだ。

11月7日(日)朝一番にA君に散髪してもらい、さっぱりしたところで神戸へと向かう。私は二度の修学旅行で京都、奈良にはきているが、それ以西には行ったことがなかったので、とりあえずはその(つまらない)記録を更新しておくことにしたのだ。

四条河原町から、阪急電車に初めて乗った。最初六甲山に行ってみようかと思ったものの、時間の関係で取りやめた。手近なところで、三宮の町をブラブラすることにし、駅前の喫茶店で軽いランチをしたら、元町方面へと歩く。人ごみに歩き疲れ、早々にA家に戻ることとなった。

そしてこの夜からは、A一家と鳥取の大山だいせんへと向かう。大山北麓にはA家の別荘があり、2泊3日の旅に同行させてもらえることとなっていた。私は西への旅路をさらに延ばせることになるし、A君達は私に年賀状用の写真を撮ってもらいたいらしかった。

11月8日(月)この日には大山に登る気でいたが、朝から雨模様で呆気なく断念となった。午前中近所を散策し、昼頃から境港へと向かった。

魚市場で、夕食の鍋用の食材を買いこむ。水揚げされたばかりの魚介類をたっぷり仕入れ、豪華な鍋となった。夕方には露天風呂にも浸かれ、何となくダラダラしてはいたが、のんびりできたし「美味しい」1日だった。

11月9日(火)今朝も、雨こそ落ちてはいないが、風の強い寒い朝だった。大山もガスって見えず、無理をしてロクなことはないと大山登山は見送ってしまう。せっかくザックを持ってきたし残念ではあるものの、またくればいいことだ。こんなに西まできたのだし、それだけで気が済んでいる。

午前中に大山寺まで赴き、午後からはアスレチックで遊ぶ一家に付き添い、すっかり専属のカメラマンとなった。帰る頃になって青空が広がり始め、大山の頂上に被さっていた雲も消えかけていた。

中国道からの大山は、私に初めてその全容を見せてくれた。

11月10日(水)この日は東京から友人のS君が合流する日である。春先からおおよその計画が立っており、先発の私の後を追い合流し、北山を一緒に歩く話がまとまっていた。