入院は嫌だった。今後は自宅で過ごしたい。排便はもう一週間ないが、出る気がしないので薬は飲まない。以前は月二回競輪に通っていたが、使うのは五〇〇〇円までと決めていた。

たばこもお酒も好きだったが今はやめている。高校時代はサッカーで全国大会に行った。今は特にやりたいことはないが、年をとったので楽にしたい。あとは死ぬだけ……。

多くのがん病歴

私たちとかかわる以前に、Iさんには多くの病歴がありました。約四年前に甲状腺がんを患い、甲状腺を全摘出しました。

約一年前に肺がんとなり、右肺上葉切除術+リンパ節郭清術を実施しています。そしてその手術から四カ月後に膵尾部がんと多発肝転移が見つかりました。

病院で化学療法を続けながら、私たちのクリニックの外来にも通院するという形でのスタートとなりました。病状は病院主治医より本人にも説明されており、余命に関しても「そう長くはない」と説明されていたようです。

突然の入院、そして退院

この初診の二週間後、Iさんは予約時刻より早く、突然外来にやってきました。Iさん宅を訪問した娘さんが、自宅リビングで動けなくなっていたIさんを発見し、外来に慌てて連れてきたのです。

聞けば同居している息子さんの用意する食事がほとんど食べられず、ここ数日は満足な食事ができていませんでした。排便は五日なく、ここ一カ月ほどは入浴もしていない状況でした。

とにかく入院してもらい、点滴で現状の改善を目指すこととなりましたが、Iさんは自分の境遇を悲しむわけでもなく、嘆くわけでもなく、怒りの感情もなく、ただ淡々と入院し、夕食の野菜雑炊を完食しました。

突然の入院から一週間で、Iさんはすっかり元気になりました。娘さんにも参加してもらい、退院に向けての話し合いをしました。自宅では息子さんと同居中でしたが、実質的には独居と変わらず、退院して自宅で生活するためには、食事と排便コントロールが問題となりました。

食事は配食サービスを利用し、医学的なことは訪問診療と訪問看護でカバーすることとし、やっと退院の運びとなりました。退院の数日後、化学療法のために病院を受診しましたが、CT検査で肝転移巣の拡大を指摘され、Iさんは自分の意思で治療を中止しました。

そんな重要な意思決定の後も、Iさんは淡々と自宅での生活を続けました。

しかし食事や排便には無頓着で、食事は自分の好きなビスケットしか食べず、排便コントロールについて訪問看護師を困らせました。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。