一般に速ければ速いほどよいのが、人間社会の風潮である。遅ければ遅いほどよいのが、年齢のとり具合、お金の減り具合、悪い知らせなどである。

締め切りや約束がまだ終わっていないときなど、「時間が止まってほしい」と願う。

遅い記録の部類で一番のものは、おそらく歴史の進み具合である。歴史の進み方は非常に遅く、時々繰り返してしまう。行ったり来たりと進み、ある部分、繰り返しが起こる。

行ったり来たりとは、煮え切らない動きであるが、人間特有の動きである。他の動物では見られない動きだ。思いきりが悪く、躊躇しながら進む。

後ずさりしつつ、それでも全体では前進しているのが、人間の進み方の特徴だ。

陸上競技で走るように、最短距離を選び、最高速度で進むのは、スポーツという特殊な状況下だ。普段の生活では、行ったり来たりの動きで、前に進んでいる。これは考えながら進んでいるからだ。

スポーツ選手は走っているとき、無我夢中であると思う。雑念を抱きながら走ると、良い記録は出せない。人間は考え始めると、速度が遅くなるものである。

考えない人ほど、時間の波に乗って早く歳をとり、ある意味では健全な生活、人生を全うして逝く。

「考えながらの人生」を歩む人は、時間を忘れることもある。「時が止まった」と思うことさえあるかもしれない。規則正しく刻む時間が先に走り、自分の感覚と離れてしまう。

歩みを遅くして人生を送った人は、体が弱くなり、他界する時が来ても、気持ちが実年齢と一致せず、不思議な感覚を持つだろう。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『眼(あい) 天使が語った道しるべ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。