おじさんは二人の顔を見て頷きながら、

「午前中採ったばかりだけんど食べてみるかい」と言う。

「いいんですか」

「いいさよー、まだ甘みが少ねえけど新鮮だからうまいと思うよ」

「いただきます……硬い」

ガリッとした歯ごたえで甘みはやや少ないものの、かつて味わったことのない食感だった。うまい、いくらでも食えそうな気がした。

「桃ってこんなに硬い果み実なんですね」

「ほんと、僕も初めてだ」

「もぎたてはこんなもんで、少しずつ柔くなって甘さも強くなるだよ」

七月の新鮮な果実を堪能させてもらった。

「どうもありがとうございました。これから笛吹川まで散歩してきます」

「気を付けてな」

「はい」

二人とも口の中に果汁を残したまま、川に向かって桃畑を車椅子で進んだ。

十五分ほど歩くと高さが三メートルほどの堤防に出た。堤防の上は爽やかな初夏の風が吹いていた。

「いやー綺麗だな」

その景色は新潟の田舎で見た景色とも、東京で多摩川の河川敷を走ったときの景色とも違っていた。

川の向こう側は人家や高い建物は殆どなく、桃や葡萄らしき果樹園がどこまでも広がっていた。

一年半近く、病院という人間によって作られた建物の中にいた自分にとっては感動だった。視界が三百六十度見渡せる緑ゆたかな自然の眺めはなんと新鮮で清々しいのだろう。

今までの空間と異なるそこには全く別の世界があり、堤防の上を渡る心地よい柔らかな風が、少しずつ元気さを取り戻しつつあった体の中を通り抜けていくような錯覚を覚えた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。