朋子の世話好きのおかげで、二人とも多少の緊張感はあるものの初めて会うような気がしなかった。京平の実家は房総で代々漁師の家系だった。

京平が二歳の頃、小さな漁船を操業していた父は大波にあおられ転覆し、帰らぬ人となってしまった。幼かった京平にとっての父親像は母や兄弟から聞く話と残された写真だけだった。

そんな中、八人兄弟の末っ子だった京平には漁師の後を継いでいる兄たちが父親代わりだった。井崎京平が桃子との結婚を決心したのは、桃子の容姿や人柄は勿論のこと、父親が同じ警察官という共通点も後押ししていた。

優しい顔立ちの京平は小柄だが、それを感じさせない心の広い人だった。

「本当に父と同居して頂けるのですか?」

「勿論です」

と、桃子の目を見ながら力強く答えた。

「お義父さんは、元警察官ですから知識や経験は私よりはるかに豊富です。お義父さんから毎日のように捜査方法や迷宮入りした事件などの話を聞けるのが今から楽しみです」

「返事は今じゃなくてもいいのよ。お互い良く考えてからでいいからね」

朋子の言葉を制するように京平は口を開いた。

「いえ、自分の気持ちは既に決まっています。桃子さん、自分と、いや、私と結婚してください」

京平は立ち上がり、深く頭を下げていた。突然の出来事に、どうしていいのか分からないでいる桃子は、叔母に助けを求めるように顔を向けると、

「自分で決めなさい」

とでも言うように、にこやかな目で見守ってくれていた。

「はい、私こそよろしくお願い致します」

と言いながら、更に深く頭を下げていた。ハンカチで目頭を押さえていた叔母は、

「ウッ、ウッ」と声を懸命に押さえながら涙を流していた。

「京平さん、本当だね。後で、間違いだったなんて嫌だからね。桃子もいいんだね。二人とも本当だね。嘘じゃないね、嘘だなんて言ったら承知しないよ」

叔母はなん度も確かめるように二人の手を握り、交互に顔を見ながら念を押していた。

続く…

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『さまようピンちゃん』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。