でも、本物の秘湯はどこにあるのだろうか。秘湯の意味を辞書で調べると「辺鄙な場所にあって、人に知られていない温泉」と定義されている。

そうなのだ。だから、僕も「るるぶ」「まっぷる」「じゃらん」「ウォーカー」等で「秘湯特集」とのタイトルを見る度に違和感があり、首を捻っていた。

本や雑誌は言うに及ばず、SNSで秘湯として紹介された時点で、秘湯としての命脈は断たれ、「俗湯」に堕するのではないだろうか。

改めて、僕の中の秘湯を定義してみたい。まず、源泉の半径五キロメートル以内には、人が住んでいない。源泉に近い住民も秘湯に関して、聞いたことがあるような、ないようなと記憶が曖昧である。

さらに、軍事衛星でも探知できない場所にあるので、カーナビは役に立たない。そして、秘湯へと続く道は舗装されておらず、馬糞が落ちていたりする。手掘りのトンネルを抜けて、ようやく到着する。もちろん駐車場はない。

秘湯の湯小屋は、木造平屋建てで簡素な造り。管理人は常駐しておらず、料金は入口に設置した料金箱に入れる。料金は客の篤志による。

トイレは汲み取り式で「便所」と表示され、チリ紙を使用。内風呂と露天風呂があるが、ぎりぎり五人が入れる小さいもの。

内風呂の洗い場の床は板張り。露天風呂の周囲は玉砂利を敷いている。シャワー、ボディーソープ、シャンプーの類いはない。先客が持参し、体を洗った「ヘチマたわし」を置き忘れていたら侘び度アップ。電気が来ていないから照明は日光、月明かりのみ。

飲料の自動販売機もないので、入浴後の喉の渇きを癒す冷えたコーヒー牛乳やフルーツ牛乳が飲めない。代りに気が利く客が、後から来る客のためにトマトやミカンをさりげなく置いていたりする。

最後に、野生動物で、この秘湯について知っているのは猿と鹿だけで、猪は知らない。ここで猪を除外したのは、猪はかかり湯もせずにドブンと湯に飛び込みそうだから。

大事なことを忘れていた。Wi-Fi使えません。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。