第2章 肺が姿を現し、取り出す

中間試験のことが頭をよぎりながらも、次に、胸腔に移る。

個人的には、消化管に興味があるので、このまま腹膜を開いてしまいたいが、ここはテキストの順番に従うしかない。心臓や肺を見るために必要な過程らしい。

はじめに、胸骨舌骨筋(m.sternohyoideus)と胸骨甲状筋(m.sternothyreoideus)を再確認し、胸骨上端の起始部で切断する。続いて前斜角筋を第一肋骨のやや上で切断。

この時、前方を斜めに走る横隔神経はなぜか残せと指示してある。正直なところ、これらの筋の切断の意味は不明だ。後でわかるのだろうが、心臓、肺を露出するための前処置なのだろう。

鎖骨下動・静脈を持ち上げるようにして、その下方の内胸動・静脈を見つけ、第1肋骨上縁の高さで切断。次に、なんと肋骨を切断するという。

肋骨と肋骨の間は内・外肋間筋という2層の薄い筋が膜のように張っているが、その下に壁側胸膜という膜が広がっている。まず肋間筋に穴をあける。

セロファンのような壁側胸膜に突き当たるまで、ピンセットで肋間筋をほじくっていき、指を差し入れて筋と膜を剝がして隙間を作り、次に剪定鋏のような大きな鋏をその穴に入れて、筋肉、肋骨と切断する。

筋肉の時はすんなり行くが、肋骨の時はバチッという感触がある。人間の骨を切っているのだ、と実感した瞬間だ。のどの奥から何か込み上げそうになるのを堪えて、切断を続ける。左右、両側から行い、次々と第二肋骨から第十肋骨まで行う。

各切断端は非常に鋭くて、特に角の所はゴム手袋の上から触るだけでチクチクと痛い。軽く触っただけで手袋は裂け、ついうっかり強く触ると、針で突いたように、手袋を通して皮膚に小さい傷をつけて、血が滲んでくる。

やすりで断端を丸く磨けとテキストに助言してある。胸骨の裏や肋骨の裏へ手を入れて、壁側胸膜を剝がす。要するに、肋骨の壁をその内側の内臓を包む膜から引き剝がす格好だ。

まるで模型の部品のように、肋骨の壁、内臓の蓋、が持ち上がってくる。ただ、神経や毛細血管、結合組織がまとわりついて、汚ならしい感じがするが。

この蓋を持ち上げれば、肺や心臓が中に納まっているはずだが、今はまだ幾つかの筋や腱が繋がっていてはずれない。はやる気持ちを押さえて、テキストに相談すると、まず横隔膜を起始部、胸郭下口の回り、一横指ほど離れたところで切断とある。

下から見ると缶詰めの蓋を切り抜くような感じになるのだろう。次に腹横筋と腹直筋を肋骨弓への停止部の直下で切断して、いよいよ前胸壁は完全にはずせる、と記している。