「この仕組みは、全社的な観点で業績を挙げ、成果を出すのが目的である。従って、一営業部門が混乱することになっても、大した問題ではない。現場レベルで解決すべき事柄と認識している」

この回答に、当時は驚きを隠し切れませんでした。冷静に思い返すと、まったく理解できないわけではないのですが、仮にも、本社中枢の人事部が、仕事のできる人材を直接引っこ抜いておいて、「できた穴を埋めるのは、お前たちの仕事だ!」と言われたら、さすがにカチンとくるのではないでしょうか。

社内公募は、経営側からすると、「社業発展」を目的として行われるものだということを、認識しなければなりません。「埋もれている、貴重な人材を発掘する」大義名分も、確かにあります。

一方、希望通りの部署に異動する社員にとっても、その瞬間は、とても心地良い仕組みであると言えます。

しかし、もし貴重な人材が発掘できて、適材適所の異動ができたのであれば、新しい部門でも貴重な戦力として、活躍し続けるはずです。

当時の会社に限った話ではありますが、私の知る範囲では、社内公募で新天地に赴いた「人材」は、皆異動して間もなく、また次の職場へと移って行きました。

もちろん、職場にはそれぞれいろいろな事情があって、実際に身を置かなければ分からないことも、多々あると思います。

本人が希望して異動したのであれば良いのですが、必ずしもそうとは言い切れません。仲の良かった同僚に至っては、ほどなく転職で会社を去ってしまいます。

彼は後に、転職先で身に着けたノウハウを活用して、会社を立ち上げることに成功しており、現在も社長業を務めています(間違いなく、「人材」であったという証しでしょうか)。

近況を聞く限り、多忙ながらも、充実したビジネスライフを満喫しています。参考までに、過去に在籍した会社の役員の中には、元同僚もいましたが、彼らに共通しているのは、入社してから直近に至るまで、一貫して、同じ部門で仕事をしているという事実です。

今いる会社で、立身出世を願うのであれば、「社内をあっちこっち、うろちょろするよりも、1ヵ所でたたき上げたほうが身のため」という構図も、浮かび上がってきます。

飛び道具として社内公募制度を使う時は、会社から「抜擢」されたと同時に、会社の「駒」となって異動する、と認識したほうが良いでしょう。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『なぜ職場では理不尽なことが起こるのか?』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。