これから、ウボンに帰るという電話であった。連日連夜の残業で疲れきっていたせいか、あまりの早朝の電話に、その応対はかなりぞんざいになっていた。

多分、君はあの時、ウボンに帰ること以外に僕に何かを伝えておきたかったのかも知れない。今振り返ってみるとそんな気がしてならない。

時として運命は残酷なものである。その電話が、ウィラットと話す最後の機会となってしまうとは……。

あの時、もう少し話をしていれば。後悔先に立たず。それがその後ずっと心残りとなっていた。仮に、ウィラットに再会することが出来たならば、その朝の電話のことを是非とも謝りたかった。

その後、一九八四年の年末にも君を尋ねてウボンを訪れた。その時君は近隣の他県へ行っていたらしく、君の親戚と思われる人にお土産を渡しただけで、結局、君には会えずじまいであった。

出張の最後の目的地ムクダハーンからおよそ三時間かけて、車は無事にウボンの街についた。昔の記憶を辿りつつ、住所だけを頼りに二十分程度かけてやっとウィラットの家を探し当てることが出来た。

長屋風になっている家の前には、若い女性が座っていた。その女性にウィラットのことを聞くと、

「自分は二年前にここに移ってきたばかりであり、前の住民等のことは一切知らない」

と答えるのみであった。また、家のすぐ前で行商している女性に聞くと、昔ここにいた家族はアメリカに移住してしまったとの答えが返ってきた。

暫く絶句してしまった。その時感じた寂寥感、喪失感は大変にこたえた。若き日の失恋の心の痛手に似たものかもしれない。

やはり、心の奥底で、ウィラットとの再会を強く望んでいたのは明白だった。

確かその家で、ウィラットの父親に紹介されたことがあった。足が不自由であったが、インテリらしい君の父親は、ディエンビエンフーの戦闘の際タイに避難して来たという。

その時は握手をするだけでろくに言葉も交わさず、すぐ家を辞去してしまった。

君の父親と会話出来なかったことも、その後後悔の種となった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『タイの微笑み、バリの祈り―⼀昔前のバンコク、少し前のバリ― ⽂庫改訂版』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。