これから先、もう自分は何の希望も目標も持てない人生を送ることになるであろう。また最愛のいとしい人にも生涯逢うことはかなわないに違いない。

しかしこれだけ辛い想いをしたにもかかわらず、時間の経過は少しずつではあるが深い傷を癒してくれた。そしてこのことが転機となって眠れるようになり、涙の回数も減った。機能訓練室で行うリハビリテーションも能動的なものに変化した。

先の見通しが立たず、世の中の役にも立てず、ただ人の世話になって残りの人生を過ごす生き方しかできないと思うようになっていたが、この頃から気のせいか病室や院内の廊下が少し明るくなったように思えた。

何かを忘れるために没頭していた音楽も楽な気分で聴けるようになっていった。同室の石田さんから写真についても教えてもらった。

ゴルフ雑誌のカメラマンであった彼は筋ジストロフィーのため両足に力が入らず、歩行がやや困難であった。しかし性格は至って明るく冗談を飛ばしたり、医者と喧嘩をしてきたことを我々に熱っぽく語ってくれたりした。

気になることがあっても笑い飛ばすという豪快さを持っており、自分とは違うタイプの人で弱みは一切見せず、小心者の自分とは違う世界を生きている感じがした。

「克っちゃん、写真はね、光をどのように捉えるかが大事なんだよ。例えば白のケント紙の上に卵を置いて、その形をしっかり絵にするにはどうしたらいいのか、どの角度から光を当てて撮るのか、考えなきゃならないんだ」

愛用のカメラを手にして、使い古した部分が禿げて変色したマシーンのシャッターを切りながら説明してくれた。

この病院に入院した頃に教えてもらっていた歌もまた歌うようになった。青木さんの声は相変わらず素晴らしかった。

村田英雄の『王将』には何度聴いても聞き惚れた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。