小学生全集

初級用の『児童漫画集』はよく憶えていた。

字があまり読めなかった間、私には漫画がいちばんだったのだろう。以前小川芋銭の河童の絵を見たとき、懐かしいものに出会ったような気がして、何故だろうと思ったのだが、芋銭の河童はこの中にいたのだ。

『児童漫画集』編集の岡本一平は「子供におやつが必要なやうに漫画が必要なのであります」と述べているが、どれもほのぼのとした、邪気のないユーモアが感じられる。

『三ビキノコブタ』(片仮名表記だった)は『幼年童話集上』の中にあった。

思っていたとおり愛らしい子ぶたたちで、真ん中の子ぶたは小さな柄のワンピースを着て、太った首に真珠のネックレスをしている。私はこの子が大好きだった。

『カンガヘチガヒ』という童話は姉と弟の話で、姉さんは絣の着物にスモック、弟は黒に絣が白く浮き出た着物を着て兵児帯を締めている。

この童話集はコワグチさんの寄贈で、文字を覚えたばかりのおかしな字や、鉛筆に興味を持った子のめちゃくちゃな線など、落書きがいっぱいある。

他の本にコワグチさんの兄弟の署名もあった。この家には少なくとも三人の子供がいたらしい。スモックや絣の着物を着て、三匹の子ぶたのように戯れていたのだろうか。

『幼年童話集下』の挿絵は、竹久夢二、初山滋、武井武雄などが手がけている。さすが一流画家、郷愁を誘う、それでいて洒落た絵ばかりだ。私はこれらの絵に惹かれて文字を辿り、読む力をつけていったにちがいない。

この本の見返しにはイトウ氏のゴム印が押されていて、住所は「東京都本郷区……」と読める。イトウ少年が急に身近になる。挿絵のように、黒い詰め襟の上着に半ズボン、長めの靴下に短靴をはいていたかもしれない。

『日本偉人伝』には署名ばかりか、「伊藤伊商店」という書き込みがある。丁寧に本を扱ったらしいイトウ少年にしては珍しい。立身出世の物語に影響されて「伊藤伊商店」を立ち上げるぞとでも思ったのだろうか。

今も存命なら百歳はとうに過ぎている。戦争に駆り出された世代だが、無事だったのだろうか。住まいのあった本郷界隈はほとんどが火災で焼失したものの戦火を免れたから、これらの本が残っていたのだ。

年を取ってから、幼い日の落書きを見てどう思っただろう。子供の頃に親しんだ本を大切に保存し、然るべき安住の地を見つけてやる。イトウ氏の、あるいはご家族のそんな優しさに心を打たれた。

私の場合は、残念ながら散逸するままにしてしまったが、その後自分で選んで買い、お気に入りとなった物語のいくつかが、この『全集』の中にあることがわかった。

目の前からは消えても、大切な何かが頭の中に止まっていたのだろう。そしてまた糸がつながった。父の言葉を借りれば、私の読書遍歴の第一歩はここにあったのだ。

『アリス物語』、表紙にはトランプのキングとクイーンが赤、緑、黄土色で描かれているが、中の絵は線描である。涙の海で泳いでいるアリスと鼠、跳び上がった鼠の尻尾がそのまま渦となってアリスの周りを取り巻いている。