敵対国からの救出、テロリストのアジト殲滅せんめつなど、それらはすべて彼のひそやかな勲功くんこうであり、手抜かりがなかった。

上陸(1日目)

それから6か月後──明け方、街灯に明かりのつかない街中を独り歩きながら、家並みを眺める。

予備知識がなければゴーストタウンに紛れ込んだと思うようなたたずまいの、冷たい風をかろうじて遮るトタン板や材木を巻きつけた土壁の低い家々。生気のない家並みの凍てつく道を歩いて、上陸の1日目が始まった。

それでも朝の陽ざしに外気が温まる頃、朝餉あさげの温かさを連想できない煙があちこちにかすかに立ちのぼり、ささやかな食事時を迎えたようだ。

ビルが数棟ある街中に来ると、自転車や時代物のトラックが行き来して、わずかに生活の鼓動を感じる。電車の駅前に飯屋があって、腹に詰め込む。

30分程歩いた先に目的の住居があり、そこは地味ながら町の装いを感じる。二重あごの亡命者が渡してくれた地図の家はひときわ目を引くたたずまいで、高い塀に囲まれ、屋根だけが見える。通りがかりの老人に確かめると、憎々しげに顎をしゃくって、無言のまま行ってしまった。

物陰からのぞいていると、主人らしき若い四角い顔の男が、運転手つきの自家用車で出勤していった。それを確認して厚い門を叩くと、使用人の少女が開けてくれた。

よどみのないこの国の言葉で案内をお願いする。門の隣に少女の一家の住居があり、中庭を挟んで左右に堅牢な壁に守られた蔵らしき建物、正面に平屋だが大きな住居がある。

少女はその中に入って、少し時間が経った。二重ガラスの小窓が少し動いて、こちらをうかがう。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『細孔の先 ―文庫版―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。