極秘ミッションをこなす機密⼯作員に発覚した衝撃の事実——————
スパイ⼩説と冒険⼩説の醍醐味が味わえる新感覚ヒューマンノベル、待望の⽂庫化!
とある国の政府転覆を命じられた機密⼯作員。潜⼊捜査の最中に、彼の過去にまつわる意外な事実が発覚する。
ショックを隠し切れない彼は、このミッションを最後に⼯作員の引退を決意。
過去を消し去り、永住地として南の島で暮らそうとしていた彼を待ち受けていたこととは……。
運命に翻弄される⼀⼈のスパイの⽣き様と、
彼を取り巻く⼈間愛、⾃然愛のすばらしさを鮮やかに描き出す。
とある国の政府転覆を命じられた機密⼯作員。潜⼊捜査の最中に、彼の過去にまつわる意外な事実が発覚する。過去を消し去り、永住地として南の島で暮らそうとしていた彼を待ち受けていたこととはーー。芦沢誉明氏の小説『細孔の先 ―文庫版―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
敵対国からの救出、テロリストのアジト殲滅など、それらはすべて彼のひそやかな勲功であり、手抜かりがなかった。
上陸(1日目)
それから6か月後──明け方、街灯に明かりのつかない街中を独り歩きながら、家並みを眺める。
予備知識がなければゴーストタウンに紛れ込んだと思うようなたたずまいの、冷たい風をかろうじて遮るトタン板や材木を巻きつけた土壁の低い家々。生気のない家並みの凍てつく道を歩いて、上陸の1日目が始まった。
それでも朝の陽ざしに外気が温まる頃、朝餉の温かさを連想できない煙があちこちに微かに立ちのぼり、ささやかな食事時を迎えたようだ。
ビルが数棟ある街中に来ると、自転車や時代物のトラックが行き来して、わずかに生活の鼓動を感じる。電車の駅前に飯屋があって、腹に詰め込む。
30分程歩いた先に目的の住居があり、そこは地味ながら町の装いを感じる。二重あごの亡命者が渡してくれた地図の家はひときわ目を引くたたずまいで、高い塀に囲まれ、屋根だけが見える。通りがかりの老人に確かめると、憎々しげに顎をしゃくって、無言のまま行ってしまった。
物陰からのぞいていると、主人らしき若い四角い顔の男が、運転手つきの自家用車で出勤していった。それを確認して厚い門を叩くと、使用人の少女が開けてくれた。
よどみのないこの国の言葉で案内をお願いする。門の隣に少女の一家の住居があり、中庭を挟んで左右に堅牢な壁に守られた蔵らしき建物、正面に平屋だが大きな住居がある。
少女はその中に入って、少し時間が経った。二重ガラスの小窓が少し動いて、こちらをうかがう。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『細孔の先 ―文庫版―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
ヨンス(クロード・スミス)……秘密機関の工作員
キム・ジェイン……リー・ヨハンの妻
リー・ジョワン……リー家の長男
リー・ヨンミ……リー家の長女
リー・ジュワン……リー家の二男
ミン……リー家の門番
リー・ヨハン……近衛第一中隊中尉
首都圏の市場のボス
ボルト……武器商人
ヘンリク……上海のアメリカ大使館の武官
ジャン・ブラットマン……セントラルバンク頭取
ジャン・ハル……ブラットマンの甥
クロード・ケリー……ナショナルバンク頭取
ジョージ・スティーヴン……ナショナルバンク秘書課。スミスの案内役