大逆転のトリガーとなるめしセットの開発・販売。

そんなある日、得意先である日興商事を訪問した際、同社の千代倉常務に話し掛けられた。

千代倉氏は日興証券の教育部長時代に、私が教育事業部でビデオを制作していた当時の大口の得意先で、大変お世話になった方である。

「上野さん、三越の通信販売で売り始めた面白い商品があるんだ。値段は少し高いのだが」

「何ですか?」

「固形燃料を使って二十分で炊ける釡めしセットだけど、十食で一万円もするのだよ」

私は

「なるほど、鉄のかまどにアルミの釡だから高くなりますよね。それにしても一万円は高いですね」

と答えた。その一九九五年当時、通信販売はカタログの制作費、印刷代、郵送代が掛かるので単価の低い食品は採算が取れず敬遠されていたため食品の通信販売はほとんどなく、家具、雑貨といった商品がほとんどであった。

千代倉さんとの商談が終わった帰り道、私は思案していた。確かに二十分でアウトドアでも食べられる釡めしは面白い。災害時にも便利だ。安く出来たら売れるに違いないと思った。

会社に戻り、何とか安く作る方法を具体的に検討し始めた。

「そうか、かまどと釡が金属だから高いのだ。それではどちらも陶器にしたらどうだろう?」。

名案が浮かんだ私は、早速「横川峠の釡めし」に陶器を納めている益子焼の窯元を訪問し、陶器の釡に早炊き米を入れて固形燃料で炊いて実験してみた。

残念! 炊いている途中で釡にひびが入り上手く炊けないのである。固形燃料は火力が高いために益子焼には不向きであることがわかった。

どこか火力が高くても割れない釡を作っているところはないか。調べているうちに多治見焼の窯元を見つけた。

高温で焼いている多治見焼は固形燃料の温度に耐えて美味しいご飯が炊けたのだ。釡もかまども多治見焼で決めた。しかも驚くほど安く仕入れることができた。

第一関門をクリアし、次は早炊き米の調達をどうするかであった。

早炊き米は普通の米と違い、半分炊いた後に殺菌して乾燥させる製品で市場には出回っていない。だが、私の熱意が伝わったのか、三越と同じ製品を作っている会社から仕入れることができた。

具はレトルトにして、五目、鮭、ホタテ、カニ、エビ、マツタケなど十種類を揃え、釡が割れないように段ボールを工夫したりして、自社工場で二ヶ月後には「陶器釡めし十食セット」を完成させた。

それを何と小売価格五千円で売出すことにした。三越が一万円だから半額である。陶器の釡とかまどが安かったため陶器釡めしセットの製造コストは低く、通販業者に卸しても採算が取れた。

前述の通り、通信販売会社は足の速い商品である食品を扱う機会を窺っていたが、印刷代、配送費が掛かるのに加えて問屋からの商品仕入率が高く採算が取れずにいた。