「あら素敵! お姉さん独身でいなさいよ。結婚なんて虚しいわよ。私が何をしたって言うのよ。私なんてアザだらけなのよ。私の話なんて聞いてくれやしない。酔って帰ってきて私を殴って寝るだけ。結婚なんて虚しいだけよ。お姉さん、結婚なんてしちゃ駄目。独身でいればいいの。もったいないわよ。とっても素敵な人が現れたら、そのとき考えればいいのよ」

「ハハハ、そうですね」

「余計な話ばかりしてごめんなさいね。涙まで流しちゃってね、私ったら。あら、もうこんな時間。友達が待っているから行かなくちゃ。お姉さん、この近くに住んでいるの?」

「すぐそこです」

「良かった! じゃあまたここで会いましょうね。あー楽しかった。優しいお姉さんに出会えて私幸せ」

鼻を拭きながらそのご婦人はボロボロの軽四に乗って帰って行った。

辺りはすっかり暗くなっていた。私は読んでいた小説を閉じ、ビタミンCの飴を舐めながらハイライトメンソールを吸った。あのラジカセから流れていたのは、トムウェイツだったな。なかなかいい趣味していたな。いい人なのに、涙なんか流しちゃって。そう思った。富山を出る日まで、あと二日という時だった。二日後には、東京へ向けてジムニーで出発する。

何もない部屋へ戻るのが嫌だった。私はまた小説を開く。

「失礼します。こちらのお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」

いい加減帰れと言われているような気がした。

「はい、ご馳走様でした」

何となくいづらくなったので会計を済ませ、ジムニーに乗った。雪は止んでいた。ガラガラの駐車場にはジムニーのエンジン音が鳴り響いた。

「なんだ、駐車場ガラガラじゃん。もう少しいれば良かったかな。まーいいや、酒でも買って帰るかな」

そうして近所のスーパーへ向けてジムニーを走らせた。

富山から上京して一年近く経ったある日、国分寺まで中森さんが様子を見に来てくれたことがあった。彼女はお土産に銀のぶどうというお店のバラ科のお菓子を持ってきてくれた。

「ショコラ・ローズ」

箱にはそう書いてあった。

「ローズかぁ……」

私は、吉祥寺で買ったトムウェイツのCDをかける。トムウェイツを聴きながら、富山のファミレスで出会った、黒い毛皮のラジカセを持ったご婦人のことを思い出した。音楽は孤独な人々を癒す。土地も世代も超えて、私達の涙を乾かしてくれる。ハイライトメンソールに火を付けて、鏡を見る。

「赤い口紅買おうかな……」

私は黒い毛皮を羽織り、ジムニーのキーを手に取った。
 

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『破壊から再生へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。