体を震わせながら、お礼の言葉を言い終えた時、参列者の間からどよめきが起こった。そこには、ネクタイを締め直し、ふら付きながらも桃子の横に立っている伊佐治の姿があった。

伊佐治は額が膝に付くぐらい腰を曲げ、頭を下げ続けていた。桃子が心配し顔を覗くと、小さな声で、

「ありがとうございました」

と言うのが精一杯の挨拶だった。伊佐治の鬼のような顔からは大粒の涙が流れ落ち、足元の床を濡らしていた。

桃子の春

桃子は寒い日の晴れた朝、茶畑の向こうからオレンジ色に輝く太陽が、徐々に昇る様子を二階の部屋から眺めるのが好きだった。

昇りきる前の太陽からは大きなパワーが貰えるような気がして、桃子は両手を大きく広げ太陽の光を全身で浴びていた。顔を右手に向けると、桃子が母と良く買い物に出かけていた二四時間営業の東南ストアーが撤退し、跡地には、〝ハートマーケット北園店〟が建設された。

新規オープンに向けて、早朝から大型トラックが引っ切り無しに商品の搬入をしている最中だった。桃子は母の死を境に正規社員になることをあきらめ、自宅から近く勤務時間に縛られないパートの仕事を探すことにしていた。

窓から見えるハートマーケット北園店に関心を持っていたが、父に似たのか人混みと接客があまり得意ではなかったので、自分の持っている資格が役立つ仕事に就きたいと考えていた。

金曜日の午前九時前だった。玄関のインターフォンが鳴り来客を知らせた。

幼馴染の鈴木玲子だった。玲子は生まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら、手に持っていた『募集』と書いてあるチラシを桃子に渡した。

「桃子は確か経理の勉強もしていたよね。何か資格は持っているの」

と尋ねると、

「うん、簿記一級を持っているよ。それに、ファイナンシャルプランナーの資格を取るための勉強もしている」

と返事をしながら、玲子から受け取ったチラシに目を通していた。桃子は突然、

「まだ間に合うかな」

と玲子に確認した。

「大丈夫だと思う。今朝の経済新聞に入っていたから」

「私、すぐに履歴書を出して来る。税理士事務所って、確か土曜日と日曜日は休みよね」

桃子は急いで身支度を整えると玲子に礼も言わず、用意してあった履歴書をバッグに入れ家を飛び出していた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『さまようピンちゃん』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。