肺が姿を現し、取り出す

中間試験の噂の真偽は不明なまま、次に横筋筋膜と腹膜を切開する。臍を中心に、切り開くのだが、ここも勝手に切るのは御法度だ。

総じて5つの部分に分ける。臍の直下を水平に左右の腸骨稜を結ぶ線を切開する1本と、臍の左右どちらかの端から上方へ1本、臍から少し左右に離れた所から、外側斜めの上前腸骨稜へ切り開く。

そのように分ける理由は、臍を中心に肝鎌状間膜、正中臍襞、内側、外側臍襞が広がっているからだ。これらのひだを観察した後、腹膜から横筋筋膜を剝がしてみる。

もしこの腹膜が破れれば、そこには内臓が直接あらわれるらしい。しかし、まだそのカーテンの向こうにある。続いて、ヘルニアで重要な深鼠径輪しんそけいりんを観察する。

ここは鼠径管への入り口で男では精索、女性では子宮円索が通っている。臍は思いのほか重要な部分だ。臍傍静脈は、大腿静脈、腋窩静脈、肋間静脈と連絡している。

肝硬変などで肝臓の門脈がうっ血すると、これらが側復路の役目をして、血液を一杯に受け、膨れ上がり渦状になる。例えて、メズサの頭という。

テキストによれば、臍から上方へ伸びる腹膜の襞、肝鎌状間膜を上方にたどると、肝臓へ達する事を確認して、肝臓の広がりを肋骨に覆われたまま見える範囲で観察せよ、と言う。

肝臓の範囲は思っていたよりも大きく、そこに鎮座しているようだった。その他、腸を被うように隠している大網たいもうの説明があるが、大網はまだ良く見えない。

ここで小休止をいれて、更衣室で一人でぼんやりしていると、ヘイ、ユーと声をかけられた。竹田君だった。

いつの間にかギブスがとれていた。ケガはもういいのかと聞くが、それには答えないで、今度の土曜に俺の誕生パーティーやるんで来ないか、と言う。

考えておくよと答えて、それより中間試験の噂聞いたかいと言うと、ケセラセラだ、返事早めにくれよと言い捨てて、事故のせいなのか、もともとなのか、癖のある足取りで去っていった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『正統解剖』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。