タイで一番おにぎりが似合う場所と聞かれれば、国民党第九十三師団の残党が住んでいるタイ北部チェンライ県のメーサロンではないかと思う。

メーサロンの尾根の上にあるお茶屋で九十三師団特製の名物のウーロン茶をすすり、遠くは雲南まで広がる緑一色の山並みを眺めながら食べるおにぎりの味は大変素晴らしいことだろうと思う。

メーサロンでは、日本の桜の花にも似た小さな白い花びらをもつ「桜」の一種が咲くと聞く。願わくば、その桜の花の満開の頃、花見をしてみたい。

ウーロン茶も捨てがたいが、沖縄の泡盛の元祖とも言われるタイの焼酎(ラオ・ローン)を飲みながらおにぎりをかじるのもオツなものだろう。

落語「長屋の花見」が好きなあなた、おにぎり弁当を持ってメーサロン桜を一緒に見に行こうではありませんか。

チチド・ジョーを知っていますか

「チチド・ジョー?」

とウィラットは訊ねた。

「アライナ」(エッ、何)

と私。

その昔チュラロンコーン大学のタイ人学生と交わした会話の一コマである。

意訳すると「日本の映画スター宍戸錠を知っているかい?」となる。ウィラットの両親は、その昔ディエンビエンフーの戦火を逃れるためにベトナムから難民として東北タイのウボンラーチャターニー県に移住して来た由である。

その東北タイの田舎町に生まれ育ったウィラットは、少年時代の星降る夜、場外映画でよく日本の映画を見たという。

多くが日活映画であり、ジェームズ・ディーンもアラン・ドロンも知らない彼にとっては、主人公役の宍戸錠こそが憧れのスーパー・スターだったと言うのだ。当時、日本では石原裕次郎と比べるとマイナーであったはずの宍戸錠の映画が、何故タイの田舎で上映されたのか知るすべはない。

しかし、難民の子でもある多感な少年ウィラットの心に、頰を膨らませ、勧善懲悪に徹する宍戸錠のかっこいいイメージは、生涯消えることのない記憶として深く刻み込まれた。

映画「クーカム」を見る機会があった。タイのスーパースター、トンチャイが日本人将校小堀の役を演じている。作者のトムヤンティーによれば、小堀は日本人の代表というよりもタイ人の理想の男性像を描いた由である。

タイの若い世代が「クーカム」を見て日本人に対するイメージをどのように膨らませるのだろうか。「小堀は、私の理想の男性です」なんてセリフをタイの女性から聞く機会がでてくるのだろうか。

季節には梅の香りでいっぱいになる北関東の街の実家のすぐ傍らにキリスト教会があり、そこに来る米人宣教師の乗ってきた大きな米車やハーシーの大きな板チョコ、カラー刷りの漫画等は子供の私に米国の圧倒的な物資力を見せつけた。

金髪の美女が、泡だらけの風呂の中で冷えたシャンペン・グラスを持っている絵図、少年時代の米国に対する憧れはそんないじましい気持ちから始まった様な気がする。

三つ子の魂百まで。現在の日本は、世界中の少年少女にどんな夢を振り撒くことが出来るのだろうか。

「チチド・ジョーは、かっこいい」と笑顔で語ったウィラット、今、君は何処で何をしているのだろうか。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『タイの微笑み、バリの祈り―⼀昔前のバンコク、少し前のバリ― ⽂庫改訂版』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。